120年以上にわたってカナダの先住民の子どもたちがカナダ政府の同化政策によって差別や虐待を受けてきた事実に関する報告書が6月初めに出された。
現ハーパー政権が2008年に設立した「真実と和解の委員会」(Truth and Reconciliation Commission)が、同化政策を進めるために作られた「インディアン・レジデンシャル・スクール」(Indian Residential Schools、寄宿学校)で先住民の子どもたちに対して行われた虐待などの実態について、元生徒7,000人から6年かけて聞き取り調査をした結果をまとめたものである。
この328ページにのぼる膨大な報告書は、寄宿学校での実態を明らかにするとともに、94項目の提言を政府やカナダ社会に突き付けている。主な柱は、「先住民族の権利に関する国連宣言」の完全実施、ローマ法王のカナダ訪問と謝罪(カトリックや英国国教会、プロテスタント長老派などのキリスト教教会が、政府の補助金で、この寄宿学校を運営していた)、この歴史を幼稚園から義務教育のグレード12(高校3年)までの間に必修科目として教えるためのカリキュラム改正、先住民とカナダ国民との「和解の日」の設置などだ。
カナダのマスコミはこの報告書を「歴史的文書」で、「和解へのロードマップ」(「グローブ・アンド・メール」6月2日)だとして大きく報道した。
「これは、先住民族以外のカナダ国民と3つの先住民族グループ ― ファーストネーションズ(First Nations、米国でnative Americansと呼ばれ、かつてアメリカインディアンといわれた民族と同じ)、イヌイット(Inuit)、主にフランス人と先住民との子孫メティス(Metis)― との間の和解の青写真となるべきものだ」、と英国の国際誌「エコノミスト」も述べている。(6月6日号)
問題のインディアン寄宿学校は、1883年から1998年までの間に、カナダ各地に132校(139校とも)が存在し、先住民の子どもたちは欧米の「文明国」の教育を受けるため、親元から引き離され、強制的に入学させられた。この間、ここに入れられた先住民の子どもたちはおよそ15万人。そのうち今日でも8万人が生存していて、今回の報告書作成のための聞き取りで証言している。幼い彼らが親から離されて、生まれてからの文化的習慣や言葉が禁止され、十分な食べ物も与えられない中で、教師たちからさまざまな肉体的、性的虐待を受けたと報告書は指摘している。病気になって死ぬものや自殺するものも出たという。(「グローブ&メール」6月2日)「エコノミスト」によると、1940年代には、先住民の学齢期の子供たちの3分の1がこれらの施設に入れられ、その半分は、この学校にいる間に虐待をうけ、6千人が死亡したという。報告書は、同化政策の一環としてこれらの寄宿学校で行われたことを、「文化的ジェノサイド」(cultural genocide)と厳しく非難している。
ハーパー首相は、すでに2008年に、議会に先住民のリーダーや寄宿学校の卒業生らを招いて、1874年に始まった同化政策の一環として、先住民15万人を寄宿学校に強制的に入学させて、「カナダ政府は、先住民を深く傷つけてきたことを心から謝罪する」と、公式に謝罪している。
この謝罪の中で、ハーパー首相は、先住民の文化や信仰が劣っているものだという想定で、子どもたちを家族や伝統、文化の影響から切り離し、支配的な(西洋の)文化に同化させようとした政府の方針は間違っていたと明確に認めた。
先住民の子供たちを同化させようとした試みは、「カナダ史における悲しみの1章」だと述べ、先住民族とカナダ国民との和解のために謝罪するとした。(「AFP」2008年6月12日、カナダ政府ウェブサイト)。
カナダ政府は、政府の資金でインディアン寄宿学校で起こったことを調査し記録するために「真実と和解の委員会」を設立した上で、今日までに44億カナダドル(約4,400億円)を補償金として支払っている。
委員会の委員長で、自身先住民の子孫であるマレイ・シンクレア(Murray Sinclair)氏は、ハーパー首相は、この委員会の提言を実行に移してくれるのではないかと、慎重ながら楽観的な見方をしている。その一方で、政府は言葉ではなく提言を実行することで答えてほしいと念をおしている。
大半が2,200以上の居住地域に住む140万人のカナダの先住民は、一般カナダ人と比べて収入は低く、失業率は高いので、その経済的ギャップを縮めようとする努力がなされているが、最近の調査によると、そのギャップは逆に広がっているという。先月発表になった「先住民プログレス・レポート」によると、雇用や所得、教育、生活水準などを一般カナダ人と比較すると、イヌイットやメティスは雇用である程度改善したが、居留地に住むファーストネーションズ(インディアン)では、雇用のほかにも、政府補助金への依存度、大学終了率、住居など多くの点で、さらに悪くなっている。彼らの自立能力は、政府による彼らの土地の収用や(ハーパー首相が謝罪の中で認めたように)子供の時の寄宿学校での体験によって極めて弱くなっていると、カナダ先住民経済開発委員会(National Aboriginal Economic Development Board)のクラレンス・ルイ委員長(ブリティッシュ・コロンビア州のオソヨソ・インディアン・バンドのチーフ)は指摘している。
明るいニュースが2つある。ブリティッシュ・コロンビア州では今年の秋の新学期から先住民の歴史と寄宿学校で行われたことについて幼稚園から高校3年までのカリキュラムに入れることになった。これはヌナブト準州とノースウエスト準州に続く、3番目の州として、先住民の歴史を必須科目として教えることになる。たとえば、幼稚園児たちは、先住民が自然の動植物をどのように生活で使っているかを学び、5年生の生徒たちは、先住民の環境を管理する方法について学ぶことになる、と州の教育省スポークスマンは話している。(「ヤフー・ニュース・カナダ」6月17日)」
5月に新民主党(NDP)の政府が誕生したばかりのアルバータ州では、早速、「真実と和解の委員会」の報告書の提言をカリキュラムに反映させ、寄宿学校での負の遺産について義務教育で教えることになった。先住民についての教育の拡充がいつからか明確なタイムテーブルはまだできていないが、州政府の関係者によると、カリキュラムの見直し作業はすでに開始したということだ。(「CBCニュース」6月5日)
7月1日はカナダ建国記念日「カナダ・デー」だった。2017年には建国150年を迎える。カナダが真の国民的和解(national reconciliation)に向かって、長い道のりだが、正しい方向に進んでいることを祈ろう。
石塚嘉一、トークス シニアコンサルタント