十年程前からアジアを旅する会に入っている。毎年訪問する国を定め、対象となる国について、月一度、大使館・JICA・商社・留学生など色々な方からお話を伺い、その国の料理を食して準備を整える。そして、今回は「ラオス」。
11月最後の週、ベトナムからラオスの北部にある世界遺産の古都ルアンパパーンに入り、忙しい日本時間からゆったりとしたラオス時間と空気に心と身体を慣らした。観光地や会社訪問なども心に残るが、日本に帰って来てから印象的に思い出されるのは、日常的な何でもない事の方が多いような気がする。
その一、4日目ラオス第二の都市パークセーでの事。元王宮を改造した豪華なホテルに宿泊した次の朝、出発時間まで少しあったので、ホテルの周囲を散策する事にした。ホテルの角は、かなり広い道路の交差点になっているが信号機は付いていなかった。ちょうど朝の通勤時間帯らしく、交差点には、トラック・乗用車・二人乗りのバイク・自転車・それに大八車までが四方向から入ってくる。それなのに譲り合いというか間合いというか感心するほどスムーズに渡って行く。これなら信号機は要らない。
その二、この旅では沢山の素晴らしい寺院で沢山の仏像を拝観した。仏像の右手と左手の組み合わせで意味合いが違う事も学習できた。大抵は観たことのある組手なのだが、その中で両手の手のひらを見せてまっすぐ前に突き出した立像がとても印象的だった。ラオスでは、「家内安全の仏様」らしい。その格好は、まさにマーマー・マーマーと喧嘩人をなだめている姿に見える。私たちはその仏様に「マーマー仏」とニックネームを付けた。
その三、ラオスの国内には南北を縦断して真っ直ぐな1本の国道が走っている。これは日本の援助で建設されたのだそうだ。首都ビエンチャンには「この道路は日本の援助で作られたという意味の英語のプレート」が日本とラオスの国旗と共に飾られている。こんなに
公然と日本のODAに感謝を表したものを今まで他の国では気が付かなかった。
ゆったりとした時間にすっかり慣れた9日後、喧騒と廃棄ガスのベトナムのハノイを経由して帰国した。日本には、喧騒も排気ガスも感じなかった。ラオスの空気もハノイの喧騒や排気ガスも過去に日本が経験して来た事なのだ。ハノイではこれから日本が技術支援して地下鉄建設が行われるのだそうだ。喧騒も少なくなる事だろう。日本が過去に克服した経験は、これから世界を救っていくに違いないと実感している。
東京で、真っ直ぐ前から来る若い女性にすれ違いざま肩をぶつけられた。東京では譲り合いとか間合いとかあるいは動物的勘は無くなってしまったのだろうか・・・。と、その時、
マーマーマーと言いながら「マーマー仏」が舞い降りて来たような気がした。
(AF)

コメントする