2009年2月アーカイブ

今年のアカデミー賞は、『おくりびと』が外国語映画賞、『つみきのいえ』が短編アニメ賞、日本の作品がダブル受賞となりましたね。これは出演者やスタッフにとって、この先もずっと消えることのない偉大な勲章、そして映画にとっては世界で一番の宣伝効果、日本映画界にとっても大きな功績ですよね。

 

映画に限らず、そして日本国内にも色々な「賞」が存在して、情報番組や紙面を飾ることも少なくありません。国民栄誉賞、芥川賞や直木賞、ベストジーニスト賞、私たちの業界にもPR大賞なんてものがあるように、大小とりまぜ星の数ほど。「賞の辞典」が出版されているほど沢山あります。受賞は、その道での功績を讃えられたということ、基本的にはどんなものでも栄誉あり、表彰されたら嬉しいと思います。

 

でも稀に、嬉しくないものもあります。「抱かれたくない男性芸能人」なんていうのは、この部類に入るのでしょうか?よく名前の挙がる出川哲郎や、えがちゃんは、勲章と思っているのか本心はがっかりしているのか...。

 

「最低の映画」を表彰する「ラジー賞」。受賞することは複雑な心境ですよね。アカデミー賞の裏で開催されているこの賞、正式にはゴールデン・ラズベリー賞といって(昨日知りました)、今年はパリス・ヒルトンが最低主演女優賞・最低助演女優賞・最低スクリーンカップル賞の3冠に輝いたそうです。その授賞式は、レッドカーペットで彩られて華やかなアカデミー賞とは異なり、受賞者が出席することは滅多にないそうですが、何年か前にハル・ベリーが受賞して本人が出席、ユーモアたっぷり、涙ながらに感動的なスピーチをしたというエピソードを何かで読み、私は彼女が大好きになりました。ハル・ベリーの完勝は間違いないですが、作品名は思い出せません。

 

そんな私はこれまで、受賞をしたことも目指したこともありません。ラジー賞の正式名も、ハル・ベリーの受賞作品名も知らないほど、特にその業界に詳しくもないのに、誰かが誰かに評価されたものを目にしては、あーでもない、こーでもないと、偉そうに好き勝手を言って楽しむ庶民派です。

N.M.)

海外の友人が多い私は、友人らからしばしば返答に困る質問にあう。先日は、私の先祖の由来と家紋について聞かれた。記憶をたどり、答えると今度は、天皇家にはなぜ苗字がないのか聞かれた。さらにどうして日本人はヨーロッパが好きなのか、写真を撮るときにピースをするのか、緑色の信号をなぜ「青」と呼ぶのか、すし屋の人はなぜ「っらっしゃい」と言うのか・・・などなど。そのひとつひとつにわかる範囲で答えるのだが、適当に答えてあとでその友人が他人に話をして恥をかいてもかわいそうなので、答える際には非常に神経を使う。自らの宿題にして、帰って家で調べることもあるくらいだ。自分の国のことなのに、自分が分からないことが多くあることに対しても驚いてしまう。

 

ともかく、日本にはもの珍しくて仕方がないものが溢れているらしい。自分では今までまったく気がつかなかった日常のあれこれに、一番はやく気がつくのが彼らだ。そういう再発見があるからこそ、海外の人たちと付き合うことは楽しい。

 

人間にとって、このように常に疑問を持ったり、当たり前だと思っていたことを、違う角度から見てみたり、それに対して実際に調べてみたり・・・そういう姿勢が大切なのだと思う。そこから、好奇心や、新しい発想、発見が生まれ、次につながる知恵となっていくのだと思う。すると、日常のありふれたものが新しく、楽しいものに見えてくる。

 

そのように考えるきっかけをいつもくれる海外の友人らに感謝をしたい。また、自分自身も、これからも常にいろいろなことに興味を持って、探求することを惜しまないようにしたいと思っている。

T.M)

 

ゆったりと

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十年程前からアジアを旅する会に入っている。毎年訪問する国を定め、対象となる国について、月一度、大使館・JICA・商社・留学生など色々な方からお話を伺い、その国の料理を食して準備を整える。そして、今回は「ラオス」。

 

11月最後の週、ベトナムからラオスの北部にある世界遺産の古都ルアンパパーンに入り、忙しい日本時間からゆったりとしたラオス時間と空気に心と身体を慣らした。観光地や会社訪問なども心に残るが、日本に帰って来てから印象的に思い出されるのは、日常的な何でもない事の方が多いような気がする。

 

その一、4日目ラオス第二の都市パークセーでの事。元王宮を改造した豪華なホテルに宿泊した次の朝、出発時間まで少しあったので、ホテルの周囲を散策する事にした。ホテルの角は、かなり広い道路の交差点になっているが信号機は付いていなかった。ちょうど朝の通勤時間帯らしく、交差点には、トラック・乗用車・二人乗りのバイク・自転車・それに大八車までが四方向から入ってくる。それなのに譲り合いというか間合いというか感心するほどスムーズに渡って行く。これなら信号機は要らない。

 

その二、この旅では沢山の素晴らしい寺院で沢山の仏像を拝観した。仏像の右手と左手の組み合わせで意味合いが違う事も学習できた。大抵は観たことのある組手なのだが、その中で両手の手のひらを見せてまっすぐ前に突き出した立像がとても印象的だった。ラオスでは、「家内安全の仏様」らしい。その格好は、まさにマーマー・マーマーと喧嘩人をなだめている姿に見える。私たちはその仏様に「マーマー仏」とニックネームを付けた。

 

その三、ラオスの国内には南北を縦断して真っ直ぐな1本の国道が走っている。これは日本の援助で建設されたのだそうだ。首都ビエンチャンには「この道路は日本の援助で作られたという意味の英語のプレート」が日本とラオスの国旗と共に飾られている。こんなに

公然と日本のODAに感謝を表したものを今まで他の国では気が付かなかった。

 

ゆったりとした時間にすっかり慣れた9日後、喧騒と廃棄ガスのベトナムのハノイを経由して帰国した。日本には、喧騒も排気ガスも感じなかった。ラオスの空気もハノイの喧騒や排気ガスも過去に日本が経験して来た事なのだ。ハノイではこれから日本が技術支援して地下鉄建設が行われるのだそうだ。喧騒も少なくなる事だろう。日本が過去に克服した経験は、これから世界を救っていくに違いないと実感している。

 

東京で、真っ直ぐ前から来る若い女性にすれ違いざま肩をぶつけられた。東京では譲り合いとか間合いとかあるいは動物的勘は無くなってしまったのだろうか・・・。と、その時、

マーマーマーと言いながら「マーマー仏」が舞い降りて来たような気がした。 

(AF)

スタッフブログの順番が回ってきました。

 

とつぜんですが、

大切な場面だったりする時に限って、おなかがグゥゥーグビィィーと鳴ってしまうことありますよね?

今回は、そんな「突然のお腹のシャウト」を即座にSTOPさせる方法について書こうと思います。 

 

が、その前に。

 

第三者に読んでいただく文章を書くことは、むずかしい。

社会に出てから10年ほど、編集・ライターなる職業に就いていまして

いつも、そう感じていました。

 

自分が書いた文章の、初めの1行だけでも読んでいただけるならありがたい。

そのまま、どうにか2行目も!

最後の行まで読み進めていただくなんて、至上の喜びです。

ささっと読めば1分もかからない文章を作るのに、1週間以上を費やしたことも少なくありません。

 

 

ぼくは「これ、イイ!」と感じたモノやコトを第三者に紹介することが好きだったことから、

前職(編集・ライター)の仕事に就きました。

ぼくが社会に出た1997年は、今ほどインターネットも普及しておらず、

情報を発信する仕事に就きたい場合は、出版業界に入社することが早道と考えたのです。

 

「イイ!」と思ったことを書いて発信するためには、まず自分が属するチームの合意を得なければならない、

次に部署の合意を、次に社の合意を、という風に、あらゆる人に「イイ!」ことを伝えていく必要がありました。

 

『他者から自分のところに伝えられた情報を、今度は自分が他者に伝える』

出版業界、PR業界だけではなく社会生活を営むということは、

上記の作業を「どのように」行うかに尽きるのではないかと感じています。

 

 

としたり顔で書いていますが、ものはついでです。

今、僕が「イイ!」と思っているものをひとつだけ紹介します。

 

 

それは、渋谷の某共有スペースにあるトイレです。そのトイレのウォシュレットです。

もちろん誰でも使用できます。

ここのウォシュレットはすごいですよ!

水温の調整、水圧の調整はもちろんのこと、グイングイン圧力を変えながら、

前へ後ろへと動きます。自分がうごく必要なし!

 

第一級の体感型エンターテイメントです。

是非、一度、お試しあれ。

場所はヒントだけ。そのトイレがあるスペースはローマ字であらわされます。

 

 

といったところで、すみません。

 

文字数に限界がきてしまいました。

 

「突然のお腹のシャウトを抑える方法」は、

次の僕の順番のときにかならずお伝えします。

 

さて、皆さま、最後の行まで読み進めていただけましたでしょうか。

 

AH)

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