モノゴトは名前が9割、かもしれない。


既にご高承の方もいらっしゃると思いますが、トークスはFacebookページを開設しておりまして、平日は毎日更新されています。とはいえ実のところ更新されてはおりますが開設から今年の3月まではずーっと会社の入ったビルの前の空の写真を、4月は花の写真をアップしているだけだったりします。

そんなわびしいFacebookページの更新ですが、5月から新たなシリーズで、植物の栽培写真日記をつけています。

東急ハンズで、屋内でできる育成キットを買ってきて、毎日水をやってたらずいぶん育ちました。芽が出た時のやった!感ですとか、やってる方は思いのほか楽しいです。

植物の芽生え

おそらく植木鉢の中には四隅と中央の5つの種が入っていたと思うのですが、ひとつは発芽しなかったようで、3つのコーナーとセンターの4本が育っています。こうなると鉢を回しても場所を間違えることがありません。その上、みんなすくすく育っています。

よく育った植物

となると、それぞれに名前をつけたい!という欲求にかられるのですが、なんとか踏みとどまっています。

名前をつけない理由は大きく言って以下の2つです。

(1) 個別性が高まるため、互いを比べて優劣をつけたくなってしまう

(2) 万一枯れたときの落胆が倍増する

なので、今朝も名前を呼ぶことなく、みんなおんなじに育っていってくれよと胸中つぶやいて水をかけているのです。
名前とはことほど左様にモノゴトに対する人の認識において重要なポジションを担っています。

スピッツはかつて「名前をつけてやる」と歌いましたが、歌詞がちょっと難しくて「名前をつけ」たらどうなるのかよくわからないのですが、いずこの本か映画だったか、悪魔は名前を呼ばれる(知られる)と「私の負けだー」と言って去って行ったりするようです。

名前を呼ばれる=支配される、というような仕組みの話だったかと思います。

さらに、かなり古い本で恐縮ですが、カート・ヴォネガット・ジュニア(当時はまだジュニアがついてました)に「猫のゆりかご」という作品がありまして、この中で重要な役割を果たすのがボコノン教という新興宗教なのですが、この宗教の特徴はいろんなものごとに特別な名前を与えているということです。例えば神の御心のために働く人々のグループを意味する「カラース」、本当はそうではない間違ったカラースを意味する「グランファルーン」、無害な非真実を意味する「フォーマ」などなど。ある特別なことに名前が与えられることによって、ひとびとの間に瞬時の共通認識が生まれ、それが「隠語」的であればあるほどひとびとの帰属意識も高まる。

名前のパワーだと思います。

もうひとつ例をあげます。

これはPRSJのPRアワードグランプリの解説プレゼンで聞いた話です。

案件は「埼玉市議会広報紙のイノベーション」、実施したのは電通PRさん、平成23年度のグランプリです。

その広報紙、表紙にモダーンなイラストをあしらって内容も読者の視点から編集・レイアウトするという斬新な刷り物だったのですが、特徴的なのがその名前で、もともとはたいていのところと同様「さいたま市議会だより」という名称だったのを、当時の議員定員が64名であったことをベースに「ロクヨン」と、まったく斬新な名付けがなされていたのです。

で、この案件のプロポーザルを作っていた時の話をしながらおっしゃったのが、「この誌名が通ったらイケる、と思ってました」ということだったんですね。

いくら優れた提案でも「市議会だより」のままで中身をこうしましょうといったのでは通らなかったかもしれないということですよね。新しいことを受け入れるには、その呼び方も新しくしなければならない。「名前」を変える決心がつけば中身も変えられる。そういうことを教えてくれる事例だと思います。

 

なので、と、短絡的に私は思います。

すなわち、提案には名前をつけよう! と。

たとえば「○○作戦」、なんなら「大作戦」というのが士気があがって良いと思うのです。

「新製品のマーケティングキャンペーンだが、これを『ヤシマ作戦』と命名する!」って言えば、たとえそれがエヴァンゲリオンからの盗作でも、なんだか襟を正さなきゃ、って気になりませんか?

 

よし、次のプロポーザルではかっちょいい作戦名をつけて企画を練るぞっ!!

…でも通らなかった時の落胆は倍増しそうですね^^;)

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