トルドー首相は再選されるか

トルドー首相の再選が危うくなっていると言われる。

総選挙まであと5カ月足らずとなって、最近のさまざまの世論調査の平均支持率は、就任以来最低の29.8%と、野党保守党の36.2%から6.4%も引き離されている(CBC、5/14)。このままいけば、保守党が過半数をとって政権を奪還する確率は37%あり、過半数に行かないまでも最大の議席数を獲得して第1党になる可能性も33%あり、合わせると70%もの確率で保守党が第1党になる。

だから、カナダの多くの新聞やその他のメディアが、いま選挙が行われたら、保守党が勝つだろうとする記事を書いている。それでも、選挙のプロ、政治のプロは、まだトルドー首相の勝利がなくなったわけではないと言う。英国の「エコノミスト」などはもう少し冷静で、複数のプロのメディアは、まだ5カ月先のことはわからない、今からトルドー首相の退陣を断言するのは早すぎると言っている。

カナダの「グローバル・ニューズ」は、3月中旬から4月中旬までに行われた多数の世論調査を分析して、トルドー首相の自由党が、過半数は取れないまでも第1党になるだろうと予測している。(「グローバル・ニューズ」4/22)

トルドー首相の自由党は、2015年に就任以来、支持率は下がっても、安定してリードを保ってきた。今年1月の時点では、野党のリーダーがどれもぱっとしないこともあり、10月の選挙での勝利は確実とさえ見られていた。それが何でこんなことになったのか。

楽観的な空気が一変したのは、全国紙「グローブ・アンド・メール」2月7日のスクープであった。リビアの政府関係者への贈賄の疑いがかけられた世界大手の建設会社SNCラバラン(SNC-Lavalin)の刑事訴追を回避するようにトルドー首相やその側近たちが、昨年秋から、ジョディ・ウィルソン=レイボールド(Jody Wilson-Raybould)法相兼司法長官(当時)に圧力をかけていたとすっぱ抜いたのである。これによって、「SNCラバランスキャンダル」といわれる就任以来最大の政治危機がトルドー政権を襲ったのだ。

首相の選挙区ケベック州モントリオールに本社があるSNCラバラン社は、世界で5万人、カナダで9000人近くを雇用しているカナダで最も重要な企業の一つだ。有罪判決が出れば、同社は10年間、連邦政府の契約受注への入札を禁じられる。その場合、ケベック州の雇用に大きな影響が出ると、首相側は言っているが、同社の救済は雇用以上にケベック州の得票が首相にも自由党の政権維持にも不可欠だという政治的な理由があったと見られている。トルドー首相にとって重大なスキャンダルになる。

カナダ先住民(First Nations)のウィルソン=レイボールド法相兼司法長官は、繰り返し続いた首相らからの圧力にもかかわらず、司法取引によるSNCラバラン社の救済に応じなかったため、1月14日、司法長官から退役軍人大臣兼国防副大臣に降格されていた。彼女は、このスクープが出て5日後の2月12日、閣僚を辞任した。

トルドー首相が、不適切なこと、違法なことはしていないと司法介入を否定したが、調査を開始した下院司法委員会で、2月27日、彼女は、トルドー首相とその側近、閣僚らから、SNCラバランの起訴に「政治介入しようとする、一貫した持続的な働きかけ」が9月から12月まで4か月にわたってあったと証言した。「遠回しな脅迫」など「不適切な」圧力も受けたと、司法取引を迫られた詳細について証言したのだ。

これだけでも、十分なスキャンダルだが、その5日後にもう一人の、トルドー政権の主要女性閣僚、ジェイン・フィルポット(Jane Philpott) 予算庁長官、がウィルソン=レイボールドに同調して、「トルドーに対する信頼は失われた」と宣言して辞任したのだ。ウィルソン=レイボールド氏の辞任は、「司法の独立と正当性という原則が問われている」と首相あての辞任の書簡で述べた。医師でもあるフィルポット長官は、政権発足以来、シリア難民の受け入れや大麻の合法化、医者の手助けによる自殺などトルドー首相の重要政策を実現してきた、首相の最も信頼の厚い閣僚の一人であった。彼女は、先住民問題の担当大臣として、互いに新人議員の閣僚として、ウィルソン=レイボールド前司法長官とは強く結ばれていた。

このことがマスコミで大々的に報じられると、トルドー首相と男性の側近が、ウィルソン=レイボールド前司法長官に圧力をかけていじめているイメージが出来上がり、トルドー首相が選挙で公約し、閣僚のポストを女性と男性に同数を割り当てることで、女性の活躍を推進するという「フェミニストの首相」のイメージは偽りだったのだと、トルドー首相の支持者も含めた女性の有権者から一斉に反発を招き、批判を浴びた。裏で取引をするこれまでのカナダの政治を、クリーンで新しい「開かれた政治」「サニー・ウェイの政治」にするとした約束はどうなったという批判も高まった。

さらに、ウィルソン=レイボールド氏を先住民出身初の司法長官にすることで、トルドー首相が公約してきた先住民の状況の改善も挫折することになったとして、先住民の期待が大きかっただけに、彼らの失望と怒りも大きかった。

「トルドー首相就任以来最悪の政治危機」と書き立てるマスコミの連日の報道と、首相の司法介入だとして辞任を迫る野党保守党らの追及で、支持率が急落、首相の政治生命の危機に発展して、2か月が経っても収まる気配がなかった。

しかし、閣僚辞任後も、トルドー政権の批判を続けたことで、彼女たちのしていることは、党を分裂させる行為であり、党が内輪もめをしている姿を有権者に見せて、選挙を前にして野党を利するものだという批判が、自由党議員の間から盛り上がってきていた。彼女たちの狙いは、在任中のトルドー首相の辞任がだめでも、選挙で自由党が負けてトルドー首相が責任を取って辞任したらその後の党首になろうという魂胆だ、トルドー降ろしだ、という批判が出てきて、自分たちの選挙が危うくなるような「反党行為」をする二人をさっさと党から追放すべし、という声があがってきたのは当然だろう。

ウィルソン=レイボールド氏が、3月29日、下院司法委員会に提出した詳細な資料の中に、彼女に圧力をかけたという側近の一人、枢密院書記官マイケル・ワーニック氏との会話を彼女が無断で録音したテープを証拠として提出したことで、形勢は逆転。法務大臣・司法長官たるものが、無断で会話を録音するのは不適切、そのような同僚を信じて同じ党で選挙を戦えない、という批判と怒りが噴出し、トルドー首相は、ついに、これを理由に4月2日、党の幹部会から除名にした。彼女たちは、党に残りたいと言ったけれども、虫がよすぎる。彼女たちは、5月下旬に、無所属で議員再選を目指すことに決めた。

これで、冒頭に述べたように、トルドー首相の自由党の支持率は、さらに急落し、野党保守党と逆転したが、スキャンダルに区切りをつけて選挙戦に入りたかったトルドー首相としては、今後どれだけ失地回復ができるのか、前途多難ではあるが、これまでの実績を地道に訴えて選挙戦を戦っていくと「ニューヨーク・タイムズ」(5/17)に語っている。トルドー首相としては、これで、最悪の政治スキャンダルにけりをつけたと、筆者は考える。あとは、4年前支持してくれた選挙民が、これから5ヶ月間に、このスキャンダルを忘れて、自由党に投票してくれるのか。選挙民にとっては、トルドー政権の経済政策で毎日の生活がよくなったのか、野党よりもましか、というのが、政治スキャンダルより大事かもしれない。これからが見ものである。

 

― 石塚嘉一 トークス シニアコンサルタント

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