中国に甘いトルドー政権

ちょっと旧聞に属するが、この夏、カナダのトルドー政権が、カナダのハイテク企業をいわくつきの中国企業が買収するのをすんなりと承認したことで、カナダ国民や隣の米国から厳しい批判が出た。と同時に、トルドー民主党政権の安全保障問題あるいは中国に対するナイーブで甘い姿勢が露呈された形だ。

このカナダ企業というのは、バンクーバーにあるノーサット・インターナショナル(Norsat International)で、衛星通信技術を米軍やNATO(北大西洋条約機構)加盟国などに販売している。だから、ノーサットの中国企業への売却は、カナダだけでなく西側同盟国の安全保障にとっても大きな影響があるはずだが、トルドー政権は、ふつうの外国企業がカナダの通常の企業を買収する際に行うルーティンの審査をしただけで、国家の安全保障にかかわる場合に必要とされる正式で、本格的な審査をろくにしなかったのだ。

カナダの外国投資法(Investment Canada Act)では、国家安全保障の懸念がある場合、外国企業によるカナダ企業の買収は、厳密な審査をしなければならないことになっている。この条項は、こういう問題を避けるために、先のハーパー首相の保守党政権が、投資法に付け加えたものだ。

それなのに、当のトルドー首相は、そういう批判に対して記者会見で、ノーサットの売却については、これ以上正式審査をする必要はないし、カナダの安全保障にもいかなるリスクとなるものではない、と反論した。

カナダの優秀な国家安全保障機関のプロが、この売却には国家安全保障の重大な懸念はないので、これ以上の審査をする必要はない、との結論を出したのだ」と述べて正当化している。

しかし、6月に、この問題が報道されてから、この日の発言に至るまでのトルドー首相の発言は迷走した。「グローブ・アンド・メール」紙に追及されたトルドー首相は、最初は、本格的な安全保障への影響の審査をした、と言ったが、実際には、ゆるい予備審査でしかなかった。

また、ノーサットの中国企業による買収が国家安全保障のリスクにならないと結論を出す前に、ワシントンに相談したと議会で言ったが、トランプ政権の誰に伝えたのか、そして米側はその売却に反対したかどうか、との保守党議員の追及については、答えることを拒否している。

しかし、米国側の安全保障のプロは、そう甘くはない。米政権は、何の相談もなかったとして、米国防総省(ペンタゴン)も、米軍に納入している企業が中国企業に買収されるのは、米国の安全保障に重大な影響が出る恐れがあるとして、米国は米国で、ノーサットとペンタゴンなどとの契約内容を見直すと発表した。

ノーサットがその技術を納入しているお得意さまには、米国防総省やNATO加盟国のほかに、米海兵隊、陸軍、ボーイングや航空管制業務を行う民間のカナダ航空管制法人(Nav Canada)、さらにはアイルランド国防省や台湾軍、CBSテレビやロイター通信などの大メディアなども含まれるので、そこに使われる機密の技術を中国企業に握られるのは(ということは、中国政府や軍の手にわたると考えるのが普通だ)、影響がなくはないはずだ。しかし、トルドー首相は、どこからどこの国のどの企業からその技術が来るかは大した問題ではない、と一国の首相としては無責任な答えをしている。

その上、ノーサットを買収した中国・深センの通信会社ハイテラ・コミュニケーションズ(Hytera Communications)というのは、無線トランシーバーや無線機の大手メーカーで、米国のモトローラから、同社の技術を「大規模に盗んだ」として知的財産窃盗で訴えられている問題のある企業なのだ(「グローブ・アンド・メール」7月2日)。中国の企業が他国の技術を盗むのは、今どき珍しくもないかもしれないのだが。

ブリティッシュ・コロンビア大学のマイケル・バイヤーズ教授は、カナダ安全情報局(CSIS)がこのケースを審査していたら、ハイテラの投資、企業買収が、他の国では安全保障の問題を引き起こしているということを、カナダ政府にきちんと指摘しただろうに、と述べている。同教授によれば、英国では、同じハイテラによる英国ケンブリッジのモバイル・デジタル無線機メーカー、セプラ社(Sepura) の買収は、厳しい機密保護措置がつけられた後ではじめて、許可されたという。

陳青洲(Chen Qingzhou)という資産家が過半数を所有しているのだが、中国政府の投資ファンド、全国社会保障基金が2%以上もの株を持っている会社でもあるのだ。

ハイテラは、グローブ・アンド・メール紙の質問に対する文書での回答の中で、ノーサットの買収後、カナダのあらゆる法律は守ると述べているが、米軍など、これまでの顧客との契約を継続するのかどうかについては、コミットしていない(「グローブ・アンド・メール」6月27日)。

話はこれだけではない。トルドー政権は、3月には、保守党のハーパー政権が2015年に安全保障上の問題から不許可としていた、モントリオールにあるレーザー技術企業ITF Technologiesの、香港企業による買収を阻止する措置を撤回、許可したのである。それも、カナダ安全情報局(Canadian Security Intelligence Service)が、「先端の軍用レーザー技術が中国に渡れば、カナダや同盟国の優位が崩れ、安全保障上のリスクがある」として明確に反対していたにもかかわらずだ。この香港にあるO-Net Communicationsという企業は、これまた、全株式の25%を中国政府が保有している、中国政府のダミーなのだ。

当然、圧倒的多数のカナダ国民はこのカナダ企業2社の中国への売却に反対している。6月末に行われたナノス(Nanos Research)世論調査によると、回答した76%のカナダ国民がノーサットの売却に反対(18%が賛成)し、ITFの売却には、それより多い78%が反対している。

トルドー首相は、就任以来、カナダの外交政策の柱の一つとして、中国との貿易・経済関係の拡大を公約しており、カナダ・中国自由貿易協定の締結に向けて予備交渉に入っている。

今年5月にハーパー前党首の後任に選ばれたアンドルー・シーアー(Andrew Scheer)保守党党首は、この自由貿易交渉を進めるために、トルドー首相は、中国にすりより、甘やかす宥和政策をとっているとして厳しく非難している。

中道左派のNDP(新民主党)でさえ、「これは、ニュージーランドにものを売るのとは同じではないのだ。(南シナ海進出など)明らかな世界的野心をもち、民主主義に何の説明責任も持たない中国に売ろうとしているのだということを忘れてはいけない」として、すでに1月の時点でITFの中国への売却に反対している。

中国は、西側の先端技術を取り入れて(盗んだり、合弁で技術移転を強要したりして)、近代化をはかり、軍用に転用してきていることは、今や常識である。

中国がカナダと自由貿易協定を結ぶのに熱心なのは、FTAを一旦結べば、今後、このようなハイテク企業への中国の投資、買収がいちいち大騒ぎにならないですんなりと認められるようになるということが、中国の大きな狙いだといわれている。

政権について、もうすぐ2年になるトルドー首相も、難民の受け入れや性的少数者に対する理解など、社会的リベラリズムでは内外で評価が高いが、中国の本質についても、そろそろ学習して、カナダが西側の同盟国であり、同盟国の安全保障にも責任があることを理解しないと、日本も含めて周りの国はオチオチできない。

 

脚注:

トルドー政権になってから、このような、軍事・安全保障に関する投資話ばかりでなく、中国企業の投資は目に見えて増えている。今年2月には、トルドー政権は、BCにある老人ホームのチェーンを、本当の所有者があいまいな中国・北京の巨大保険会社への売却を承認した。これで、この中国企業は、カナダの医療・介護の分野に参入する大きな足がかりを得たのだ。

7月には、バンクーバーにあるグラウス・マウンテン(Grouse Mountain)という1,200 mほどの山でハイキングをしたりスキーをしたりする、バンクーバーのランドマーク的なリゾート地が、中国政府系の投資会社が所有する中国企業に買収された。

トルドー首相の父親で、カナダで最も尊敬される政治家の一人といわれる、ピエール・エリット・トルドー元首相は、1970年10月13日、米国よりも西側のどの国よりも早く中国を承認し国交を結んだ。以後、中国との友好関係を推進した父親の功績を、誰よりも強く意識していることが、トルドー首相の中国政策に影響しているのかもしれない。しかし、元首相は、中国に対して甘いばかりではなかったのだ。

 

石塚嘉一、トークス シニア・コンサルタント

 

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