トランプ大統領のアメリカから押し寄せる難民の対応に追われるカナダ

今年に入って難民の認定を求めて米国からカナダに不法に入国する外国人の数が急増している。先月発表されたカナダ政府の統計によると、2017年最初の2か月で、1,134人が不法に国境を越えてカナダに入国して逮捕されている。これはすでに昨年1年間に国境で捕まった不法入国者の数の半数である。ほとんどがニューヨーク州からケベック州に入ろうとして捕まったものだ。(全体の677人がケベック州、マニトバ州に161人、ブリティッシュコロンビア州に291人、サスカチュワン州に5人。)

彼らのほとんどが、移民や難民への厳しい制限を打ち出して、不法入国者は国外追放すると公約しているトランプ大統領のアメリカを逃れてくる人々なのだ。モントリオールに本部を置く難民のためのNGOカナダ難民評議会(CCR)の専務理事ジャネット・デンチ氏は、トランプ大統領の移民政策が不法入国急増の大きな原因だと言う。「彼らの中には、米国に長く住んでいて、カナダに来ることなんて考えたこともなかったのが、今では米国は彼らにとって安全ではないと感じている人たちも多くいる」と彼女は言う。

米国との国境を歩いて不法にカナダに入って捕まる上記の難民希望者も含め、カナダに定住するための難民認定の申請をカナダ政府が今年取り扱った数は、最初の2か月で5,520人と、前年同期の2,500人と比べると約2.2倍に増えている。このペースでいけば2016年全体の難民申請数23,895人を軽く超えて3万の大台に乗りそうだという。

しかし、今カナダのマスコミに取り上げられ、世界に配信されて世界中で共感を呼んでいるのは、米国から身の回りのものを詰め込んだスーツケースを引きずって家族でケベック州やマニトバ州の国境近くにやってきて、そこから深い雪に足をとられながら凍えそうな寒さの中、カナダで難民として受け入れてもらうためにカナダの国境を越えて入国し、国境の向こう側で警戒しているカナダのRCMP(王立カナダ騎馬警官、Royal Canadian Mounted Police)と呼ばれる連邦警察の警官に不法入国で逮捕されるasylum seekers(難民希望者)なのである。

中でも、小さなかわいい女の子を国境で抱き上げて安全な場所に連れて行くカナダの警官や、小さな自分のスーツケースを片手に、人形を抱えた女の子が、カナダの警官に助けられて、トルコからだという家族と一緒に国境を歩く映像、片手でいくつかのバッグを、もう一方の手に小さい男の子を抱いて雪と氷の沼地や原野をカナダの国境へ必死に渡る父親の映像などが2月から3月にかけて多くの読者、聴視者の胸を打った。

別の映像では、国境を越えようとする「難民希望者」たちに、「ここを越えてカナダに入ると、不法入国の罪で逮捕されますよ、それでもよろしいか?」とカナダ警官が問いかける。難民希望者が「わかっている。それでもかまわない」と答えると、カナダ側に入ることが許されて、すぐに「逮捕」され(形だけ手錠をかけられ)、武器などをもっていないかチェックされたあと留置所そして難民申請者の収容所に連れて行かれる。彼らに対する警官の扱いは驚くほど穏やかなのだ。別の家族4人、東欧系の両親とその赤ん坊とよちよち歩きの女の子が、国境の土手のように盛り上がっているところを越えるのに、カナダの女性警官が、まず母親のベビーカーをカナダ側に入れ、母親から赤ん坊をひきとって、その上で、母親の手を引いて国境を越えさせる ―「不法入国者」を扱っていると思えないやさしい扱いで、感動的だ。アメリカ側の国境警備員も、難民希望者が米国での不法滞在者とわかり捕まえようと追いかけるが、彼らがカナダ側に逃げこんだ時に残して行ったカートや荷物をカナダの警官に手渡している。

このような米国からの難民希望者のほとんどは、トランプ大統領が1月に出した、難民の入国禁止令の対象国であるイスラム教徒が多数を占める国々の人々や、不法入国をして長く米国に滞在している人々 ― トランプ大統領の公約で国外退去になる恐れのある人々 ― だ。入国が無期限禁止になっているシリア、90日間禁止のイラン、リビア、ソマリア、スーダン、イエメン(イラクは、2回目の入国・旅行禁止令で対象から外された)。その他、ジブチ、ルーマニアなどからの難民(多くが米国への不法入国者)が増えていると言われる。

それだけでなく、トランプ大統領の措置に対抗して、トルドー首相が「カナダは迫害から逃れてくる人々を歓迎する」と発表したことが、カナダへの難民希望者の増加をあおる結果になっている。そして彼らが歩いて国境を越え、直ちにカナダの警官につかまってパトカーに乗せられて連れていかれる写真や映像がカナダのマスコミに連日のように大きく取り上げられている。

なぜ彼らが国境の公式の検問所からカナダに入らないで、検問のない国境を越えて不法入国するかというと、米国ニューヨークのワールドトレードセンタービルなどを襲った9・11同時多発テロの翌年2002年にカナダが米国と結んだ「Safe Third Country Agreement」(発効は2004年)の取り決めで、どちらかの国に入った難民が、公式の国境検問所に行ってもう一方の国に難民申請をすることを禁止していて、米国の不当入国者はもちろん、難民がそうすれば捕らえられて米国に送還され、そこから国外追放になるからなのだ。一方、彼らが公式の国境検問所でないところから不法入国したら、国境を警備しているカナダの警官に不法入国で逮捕されるが、一旦カナダに入ってしまえばすぐに送還されることはなく、難民申請のヒヤリングを受け、結果が出るまで収容所においてもらえるという点に難民希望者たちは目を付けたということなのだ。だから、カナダがこの協定を破棄すれば、公式の国境検問所を通って難民申請する人数は増えるけれども、真冬の国境を不法に越えて凍え死ぬような危険を冒す人は少なくなるのではないか、という難民支援組織や人権活動家たちの意見がカナダ国内で根強くある。

これらの難民希望者がカナダへ不法入国するのに最も多く通るのが、「ゲートウェー・トゥ・カナダ」(カナダへの入り口)と呼ばれている、ケベック州南部、モントリオールの真南の国境近くの、人口800人の小さな町エエマングフォール(Hemmingford)である。彼らはニューヨーク州の北東の端、シャンプレーン(Champlain)の国境近くまで、莫大な運賃を払ってタクシーで来て、森に囲まれた雪の道を歩いて国境を越えるのである。

もう一つ米国からカナダへの不法入国が集中する地点は、マニトバ州のエマーソン地域を流れるレッド・リバーの周辺。マニトバ州には、国境の南、米ミネソタ州の原野を歩いてたどり着くのだ。ミネアポリスにはソマリア人のコミュニティがある。3月の初めには、今年最悪の猛吹雪が吹き荒れた。暴風は時速100kmもの風速で、カナダに向かう難民希望者の中に吹雪の中を吹き飛ばされた者はいたけれども一人も死者が出なかったのはラッキーとしか言いようがない。

やがて春になって、雪解けで洪水になると川を渡ってカナダに入ろうとする難民希望者たちが犠牲にならないように、今年は特に十分に準備しておかなければならない、とカナダ連邦政府のラルフ・グッデール(Ralph Goodale)公安大臣は言う。3月に入って、彼はエマーソンを訪れ、こういう難民希望者の流入に対応するための当座の費用として、連邦政府からの3万カナダドルの追加支援を発表した。これら難民希望者の数はこれからまだまだ増え続けると見られている。壁やフェンスがなくても、冬の凍るような寒さの中、雪や氷の国境を越えるのは時には命がけになるのだが、春が来て寒さが緩むと国境を渡るのはぐっとたやすくなる。RCMP とCBSA(カナダ国境サービス庁、Canada Border Services Agency)など当局は、難民が押し寄せた時の対応策を今から練っている。国境で不法入国者を逮捕したRCMPの警官は、難民希望者たちをセキュリティチェックしたあと、CBSAに送る。そのあと、IRB(移民・難民委員会、Immigration and Refugee Board)が彼らを難民としてカナダに受け入れるか、国外に追放するかを決めるのだが、決定が出るまでに1年、長い時は4年かかる。

カナダは大きな国土があり、経済の活力を維持するために今年は年間30万人もの移民を受け入れる上に、厳しい審査の上、国外からの難民(refugee)を4万人程度受け入れる。(2016年はシリア難民の特別受け入れがあり、55,800人。)その上に、米国から国境を越えて不法に入国する難民(asylumとしてrefugee と区別している)を受け入れるとなると、まず不法入国を取り締まるところに始まって、国内に入れても彼らの処遇が決まるまでの何年かにわたって、彼らを収容し生活費を支給することになり、相当な予算が必要となる。

難民希望者がやってくるエマーソンやエエマングフォールのような町では、町の多くの人たちはボランティアを組織して彼らの受け入れに好意的で、彼らの受け入れのために新しく住宅を建てる町もある。一方で、町の救急車や救急医療隊員は、不法入国する難民希望者の対応に引っ張り出されて、町の人々の緊急時に手が回らないという状況が出ている。

だから、春が近づいて、難民問題が長引く様相を見せている中で、最近の世論調査では、カナダ国民の半分近く(48%)が、カナダはこれ以上難民の受け入れをすべきでないと考えていることが分かった。一方で、36%は、政府は難民に関してよくやっていると今のやり方を支持している。しかし、野党保守党を中心に、不法入国者は厳しく扱って、逮捕したら米国に送り返すべきだ、と自由党政権のやり方を厳しく批判する声もある。彼らは、難民希望者がぞろぞろ歩いて無防備の国境を越えてカナダに入る映像が世界に報道されては、8,900キロの世界一長い国境を持つカナダは簡単に入れる国だという印象をテロリストに与えて、カナダのセキュリティが危うくなるというのだ。

トルドー首相は、難民に優しい態度を今のところ変えそうにない。トランプ大統領も、旅行制限や不法移民の取り締まりの方針を簡単に緩めそうにはない。

 

石塚嘉一、トークス シニアコンサルタント

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