自由党政権でカナダへの移民受け入れが急増

カナダは、多民族・多文化国家として、近年では特に、移民に対しても世界で最も優しい国の一つとみられている。昨年まで10年続いた保守党政権の下でも新しい移民が毎年カナダに多様な国から到着し続けてきた。リベラルな自由党政権に替わって2016年は移民が急増している。米国や英国など、世界で移民に対する感情が悪化しているときに、カナダはこれからも移民の受け入れを増やすとともに、一時的外国人労働者の受け入れも拡大する方針だ。それには問題がないわけではない。

最新の政府発表によると、2016年7月までの1年間で、32万932人の移民がカナダにやってきた。統計をとり始めた1971年7月以来最多で、前年(24万844人)と比べても33.3%増と、伸び率でも30年近くで最大だ。これまでの単年での最大の移民受け入れは2009-10年の27万581人だから、たいへんな数だ。

今年の移民の中には、シリアからの難民を受け入れるというトルドー首相の選挙公約で、昨年11月からクリスマスに向けてカナダに到着し始めた難民30,892人が含まれている。まだ難民としての入国手続きを待っているシリア難民が数千人もいるという。

カナダ統計局によると、1971年以前の移民統計は現在ほど厳密ではないので比較が難しいが、それでも、2015-16年の1年間の移民の受け入れ数は、1910年代の西部カナダ入植時代以来の多数だろうという。その結果、2016年のカナダの人口は3,630万人になり、自然増も含め、1.2%、43万以上増えた。これは1988-89年以来最大の人口の増加だ。

それでも、自由党政府は、さらに多くの移民を来年は受け入れたいといっている。ジョン・マッカラム移民大臣は、カナダの人口の高齢化に対応するために、今後数年は、移民の受け入れをもっと増やしたいと述べている。2016年の移民受け入れ目標は30万人だったが、マッカラム大臣は、来年の移民受け入れ枠を大幅に増やしたいと述べ、カナダ国民はもっと多くの移民受け入れを支持していると語った。その上、一時外国人労働者の受け入れも拡大するのだと言う。

(確かに、カナダの高齢化は急速に進んでいる。日本ほどでないにしても。7月現在65歳以上だったカナダ国民は600万人と史上最大数に上った。これに対して子どもの数は580万人。1986年には子どもの数は65歳以上の高齢者の2倍だったのに。だから、移民は経済成長を維持するためには重要な政策なのだ。)

しかし、政府の内部調査でも、移民受け入れの数については現状維持(調査当時、年間ベースで25万人)でよいというカナダ国民が多数を占めたといわれる。グローブ・アンド・メール紙の依頼でナノス・リサーチが8月に行った世論調査でも39%が、2017年の移民は今年より少ないのがよいと回答し、37%は今年と同じがよいとしている。増やすのを支持したのは16%にとどまった。しかし、シリア難民の受け入れについては別で、3人に2人が支持している。(「グローブ・アンド・メール」9月28日)

だから、2017年の政府の移民受け入れ枠が11月に発表されるのを前に、マスコミでも、「カナダはもっと多くの移民を必要としているか」という社説(「グローブ・アンド・メール」、9月20日)を掲げたりして移民の議論が盛りあがっている。

マッカラム大臣が繰り返し、政府は移民の受け入れを増やすと言うのが伝わると、移民に慎重な(中には、反移民の思想の強い)保守党支持者だけでなく、リベラルな自由党の支持者の間でも、反対や懸念の声が出始めている。これ以上移民受け入れを毎年増やせば、経済が必ずしもよくないときに新しい移民に仕事を奪われるのではないかと心配する労働者や、彼らの支持を受けている主に自由党の政治家たち、カナダの伝統、価値観が崩れるという保守的なカナダ国民や政治家など、理由はさまざまだ。

中でも、昨年の総選挙で自由党に敗北して辞任したスティーブン・ハーパー保守党党首の後任を選ぶ、カナダ保守党の党首選挙(2017年5月27日予定)に立候補している保守党政治家の一人が支持者の間で行った「アンケート調査」が議論を呼んで先月大騒ぎになった。

候補の一人、ケリー・リーチ(Kellie Leitch)議員が、政府は移民申請をしている外国人に「反カナダ的価値観」を持っていないかどうかを見る審査をして移民を許可するかどうかを決めるべきと思うか、と彼女の支持者に送ったメールのアンケートの中で質問したのだ。

これが広く知られると、リーチ議員は「反カナダ的価値観」で移民希望者を選別しようとしているとして、それが反移民的、人種差別的、それこそ「反カナダ的」として、たちまち保守党内の他の候補者たちから強い批判が沸き起こった。

暫定保守党党首のロナ・アンブローズ(Rona Ambrose)や党首の座を争っているマイケル・チョン(Michael Chong)議員らリーチ議員の同僚の保守党議員の多くが一斉に彼女の提案を、まるで米国大統領選挙の共和党ドナルド・トランプ候補の提案する移民の審査みたいに、宗教や思想の自由を制限しようとするとんでもない提案だと批判した。別の候補者、マキシム・バーニアー(Maxime Bernier)議員は、カナダの価値観を広めるのには、新しい移民たちに経済の機会を与え、社会に溶け込むのを助けることが、ベストの方法だ、と述べている。

ハーパー前保守党党首の側近だったレイチェル・カラン(Rachel Curran)からは、リーチ議員の提案は、「まるでジョージ・オーウェルの小説に出てくるような全体主義的」で、「きわめて危険な政治」だと、誰よりも厳しい非難の言葉が飛び出した。騒ぎは完全に終わったわけではなく、党首選挙が終わるまで、蒸し返されるかもしれない。

保守党の議員がこれほど躍起になってリーチ議員の発言を非難するのには、そうでなくても、移民に厳しい政策をとっていると見られている保守党が、ハーパー政権のもとで、移民出身の選挙民の支持拡大に努力し、ある程度成功してきたものを、リーチ議員の反移民発言がぶち壊しにするものだと、懸念する声が保守党幹部の中で大きいからだ。彼らは、2019年の総選挙で勝つためには、新しい移民たちの支持が重要で、彼らの支持がなくては政権は取れないとさえ言う。

カナダのマスコミも、リーチ議員のいう「反カナダ的価値観」で移民を審査するというのは、保守党が大敗北を喫したちょうど1年前の総選挙直前に打ち出した怪しい行動、人物を監視して通報しようという提案(”barbaric cultural practices tipline”というものを作ろうという提案)の繰り返しだとして批判、人種や民族、ジェンダーなど特定の利益を代表して行う、差別的「アイデンティティ・ポリティックス」そのものだと非難している。この通報制度の提案も、リーチ議員の発案であったといわれている。選挙直前にハーパー政権が、ムスリムの女性が頭に被るニカブを、公共の場で禁止にしようと提案して、保守党は支持者からも反発をうけ、それまで低迷していたトルドー氏の自由党を選挙で勝たせたといわれている。

11月に2017年の移民受け入れが決まる。そして、移民だけでなく、自由党政権が推進する一時的外国人労働者の雇用・受け入れ拡大に向けて、保守政権のカナダ人優先のルールの改正の方針が打ち出され、一時滞在の4年後には移民としてカナダにとどまる可能性も議論されている。この秋は、「移民の政治の季節」と言われている所以だ。

 

石塚嘉一、トークス シニア・コンサルタント

Page Top