カナダのファッション界に「ソフィー効果」

若くてハンサムでかっこいい。カナダのジャスティン・トルドー首相は就任して10か月になるのに、人気は落ちるどころかますます高まっている。それに負けず劣らず人気なのが、元モデルでテレビの人気キャスターをしていた美人のソフィー・グレゴワール。トルドー首相夫人で、41歳になる3人の子どもの母親だ。

首相夫人になるやたちまち言われ出したのが「ソフィー効果」。彼女が行くところどころで注目されるのは、彼女が身に着けるカナダのデザイナーによるファッション。彼女は、首相夫人として注目される場でカナダのデザイナーのデザインしたものを身に着けてカナダのスタイルを世界にPRしたいと宣言している。そしてその効果は絶大なのだ。ファッション界やマスコミからは大歓迎の意味を込めて「ソフィー効果」と呼ばれている。

昨年11月、自由党の新しい政権の就任式に向かうトルドー首相と、手をつなぎ、真っ白の長いコートで、右手をあげて沿道の市民の祝福に応えているトルドー夫人の写真は、カナダの新聞だけでなく、世界の新聞・テレビでも報じられて多くの人の目に留まるところとなった。

その時着ていたのが、高級コートメーカー、セントーラー(Sentaler)のアルパカの仔の毛を使ったエレガントなコート。オンタリオの高級デパートチェーンのHolt Renfrewだけで売られている、カナダでもまだそれほど知られていないブランドだから、外国ではほとんど誰も知らない。そのコートが、カナダの新進デザイナーのものだとわかったとたん、カナダの誰もがセントーラーの話でもちきりとなり、誰もがあのコートがほしいとなったのだ。おかげで2015年のあの白いコートの売り上げは短期間で何と5倍に伸びた。2009年にトロントに設立したばかりで、Bojana Sentalerさんは31歳、ベオグラード出身の女性デザイナーだ。その後も、ソフィー・グルゴワール夫人は彼女のデザインしたキャメルの毛のコートをバッキンガム宮殿での英国女王との会見や、パリでの国連気候変動会議など、ひときわ注目される場に着て行って、現地のメディアにも取り上げられて大きな「宣伝効果」をあげたという。(「グローブ・アンド・メール」、7月14日)

メイド・イン・カナダのファッションのセールスウーマンとして活躍するそんなソフィー・グレゴワール夫人には、お国のファッション界に対する貢献に国民からも広い、熱烈な支持が寄せられている。「トロント・スター」紙は、ソフィー・グレゴワールはいまやカナダの「ファッション・アイコン」となったと言い、「ナショナル・ポスト」もカナダのファッション業界が感謝をこめて彼女を「スタイル・アイコン」と呼ぶのを紹介している。

だから、彼女の着ているものの多くがデザイナーからのギフトだったり、貸し出されたりしたものだとわかった時も、市民グループの一つが問題視したけれども、批判はすぐに立ち消えになった。実際、彼女は政府のルールに則ってカナダのファッション業界のためにやっていることなのだから、と国民の大多数は彼女の支持に回った。

「ソフィー効果」については枚挙にいとまがない。最大の見せ場は3月の、バラク・オバマ米大統領招待の国賓待遇の訪米だった。その時の首相についてはこのブログでもとりあげたが、実際にカナダや米国のマスコミが大きくとり上げたのは、華やかな歓迎式典やホワイトハウスでの公式晩さん会に、頭から足の先まですべてカナダのデザイナーによるカナダのファッションを身に着けたソフィー・グレゴワール夫人の記事や写真が多く、両国だけでなく、日本も含めて世界に発信された。

中でも、ワシントン、アンドルーズ空軍基地の空港に到着した時に着ていたグレーのツーピースのスーツは、モントリオールのベトナム系カナダ人デザイナーDUY(Duy Nguen)のデザインによるもの。歓迎式典と晩餐会で着ていたのは、ルーマニアの移民でトロントで活躍するデザイナーLucian Matisがデザインしたドレスとガウン。そして、カナダ側が主催したパーティでのファッションは、トロントのデザイナーEllie Maeの花柄のジャケット、などなど。その上、靴やバッグ、イヤリングやリングなどアクセサリーもみんなカナダのデザイナーのもの。カナダ以外では、どれだけ知られているかわからないものがほとんどだが、夫人の目指すところもカナダの最大の市場、米国にまずブランドの認知度を上げることが一番の目的なのだ。

5月末にトルドー首相夫妻がG7伊勢志摩サミットに合わせて東京と伊勢を訪問した時も、外国の首脳の訪問にあまり興味を示さない日本のマスコミが、連日二人の行く先々、特に夫人のファッションを追いかけて大騒ぎをしたのはまだ記憶に新しい。

ここでも「ソフィー効果」は絶大で、彼女が羽田空港で特別機から降りて首相と並んでレッドカーペットを歩く様子がメディアで報じられるとその後24時間以内に、彼女が持っていたモントリオールの高級バッグ・ブランドWANT Les Essentiels (最近日本でもウォント・レスエセンシャルズとして人気上昇中)のバッグの問い合わせが集中した。同様に、賢島での安倍首相夫妻とのカクテルパーティで彼女が履いていたZvelleブランドのハイヒールAva(エバ)は、その映像が報じられて数時間のうちに予約がこのトロントの高級靴店に殺到し始めたという。(「ナショナル・ポスト」5月30日) (そう思って見れば、皇后との面会の写真でもこのハイヒールはよく目につく。)

ソーシャルメディアがこれだけ発達したこのごろでは、マスコミが大きく取り上げてくれなくても、そういう映像は、関係者やそれを見た人たちのツイッターやフェースブック、スマホを通じてたちまち文字通り世界中に広がるし、デザイナーのウェブサイトにアクセスすれば、彼らのデザインしたものを身に着けたソフィー・グレゴワール夫人の写真がサイトのトップに出てくるというものだ。

彼らカナダの新進デザイナーたちは、英米の大手の有名デザイナー、メーカーと比べれば、みんな中小企業で、マーケティングの予算もわずかしか取れない。彼らのデザインしたドレスやファッショングッズを、ソフィー・グレゴワール夫人が身に着けて世界にそれらのブランドの認知度を高めてくれるのは、彼らにとってはどんなにすごい支援になることか、とトロントのライヤーソン大学ファッション学部ベン・バリー准教授は首相夫人の役割を高く評価する。

同時に、興味深いのは、ソフィー・グレゴワール夫人が身につけて宣伝に一役買っているものには、ファッションとして優れているという要素のほかに、政治的な要素もあるのだと、バリー教授は「ナショナル・ポスト」の記事で指摘している。「彼女が選ぶブランドは、カナダの新進のデザイナーであること、多文化を代表するデザイナーであり、多くがカナダで生まれたのでなく移民としてやってきたカナダ人デザイナーのものだということ。この事実は非常に強いメッセージを世界に送ることになる。これらのファッションは、誰がカナダ人か、それがカナダ人にとって何を意味するか、カナダが代表する価値とは何かについての考え方を発信するのだ」と。(セントーラーのアルパカのコートはアレルギーを起こさない材質で、アルパカの仔の毛を刈るときに、動物虐待にならないようにペルー政府の厳しい基準で集められ「アニマル・フレンドリー」で「エコフレンドリー」なもので作られているという、今どきの価値観に配慮されている。)

ソフィー・グレゴワール夫人のファッションを演出しているのが、彼女の友人でスタイリストのジェシカ・マルルーニー。トルドー内閣の就任式で国民の多くの心をつかんだあのセントーラーの白いアルパカのコートに始まって、数多くのファッションを次々にデザイナーたちから集め、企画してカナダのファッションデザイナーを海外にも売り込むのに貢献してきた。「私はソフィーのスタイリストではないし、ファッションについて彼女に何を着なさいという立場にない。ファッションのことはよく知っているソフィーと、カナダのファッションを世界に広めたいという思いで意気投合して、協力してやっているだけ。まあファッションの戦略家というところかな」と「グローブ・アンド・メール」(5月1日)のインタビューで語っている。

 

石塚嘉一、トークス シニアコンサルタント

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