トランプ大統領でアメリカ人のカナダ移住が増える?

米共和党の全国大会が2週間後に迫って、ドナルド・トランプが共和党の大統領候補に指名されることが確実となっている。

不動産王トランプは、キャンペーン中からメキシコの移民を閉め出すために国境に壁を作りメキシコに壁の費用を出させるとか、米国にいる約1,100万人の不法移民全員を強制送還するとか、テロ防止のためにイスラム教徒の入国を全面禁止するなどと発言して、ポピュリズムやナショナリズムをあおって経済格差に不満を募らせる白人を中心とした庶民の支持を獲得する一方で、移民排斥、人種差別主義としてまともなアメリカ国民や世界のマスコミ、政治家から非難されている。

そのほかにも、女性蔑視の発言を繰り返し、NAFTA(北米自由貿易協定)やTPP(環太平洋経済連携協定)の破棄など保護主義を唱え、日本や韓国、世界の同盟国から米軍を引き揚げると述べて孤立主義を主張するなど、発言の下品さも手伝って、トランプ人気に劣らず、トランプ嫌いも盛り上がっていて、もしもトランプが大統領になればカナダに移住すると言うアメリカ人が、トランプの大統領候補指名が確実になるにつれ増えている、とマスコミは伝えている。

トランプ嫌い(anti-Trumpism)は、米国だけにとどまらない。国境を接している北の隣国カナダにも広がっている。カナダのお国柄ではトランプのような考え方はとても受け入れがたいのだ。さすがにトルドー首相は慎重で、名指しで批判することは避けているが、先月はオンタリオ州のキャスリーン・ウィン州首相(トルドー首相と同じ自由党)が、わざわざワシントンを訪問中に、それも大統領選挙戦のさなかに、「保護主義者で世界との協力に無関心な共和党候補はオンタリオ州にとってもカナダにとっても困る。女性蔑視で人々を敵対させ分裂させる米国大統領は世界にとって危険だ」と異例の痛烈な批判をした。

トランプの方はといえば、カナダについてはそういうあくどい発言はしていないのだが。実際、2月の討論会で、カナダとの国境には壁は作らないと言っている。「カナダとの国境は広すぎて、建設コストがかかりすぎるし、そもそも壁は必要ない」のだというのがその理由。

それでも3月のスーパー・チューズデーの予備選で、トランプが11州中7州で勝利を収め、大統領候補指名に大きく前進したときには、「カナダへの移住の仕方」をサーチするグーグルのサイトはアクセスが急上昇したと伝えられた。(「BBCニュース」5月17日)

移住を扱うバンクーバーの弁護士は、カナダ移住の情報を求める電話やメールが増え始めたとカナダの新聞に語っている。スーパー・チューズデーの火曜日から翌日水曜日(3月1-2日)にはその数がぐんと増えたと言う。その数は、5月3日のインディアナ州予備選で勝利し共和党の大統領候補指名獲得に必要な代議員1,237人の確保がほぼ確実となってからは、また増えている。

特にアメリカ人の芸能人やセレブたちが、あのトランプが大統領候補になるのならカナダに移住してしまうと、トランプに対する抗議も含めて、カナダ移住を声高に喧伝している。

その現象に応える動きがカナダにも見られてマスコミで報じられている。トランプの予備選での勢いが止まらない様子が見え始めた2月の時点ですでに、ノバスコシアの島に移住しませんか、と呼びかけるウェブサイトが作られた。

トランプが大統領になったら、アメリカ人は「政治難民」として受け入れますよと呼び掛けているのは、ノバスコシア半島先端の沖合に浮かぶケープ・ブレトン島で、地元ラジオ局のディスクジョッキー、ロブ・キャラブリース氏が作った「トランプが勝ったらケープ・ブレトンへ(Cape Breton If Trump Wins)」というウェブサイト。島の観光局ウェブサイトとタイアップしたサイトも制作した。

「移住先を探すのに、ドナルド・トランプが大統領に選ばれるまで待っていてはだめです。今すぐ始めましょう。そうすれば大統領選の当日はバスに飛び乗るだけでいい。女性は(トランプが認めない)妊娠中絶が認められ、イスラム教徒ものびのびと歩き回れるケープ・ブレトンで新しい生活を始められます。ここにある『壁』はとても手頃な住宅の屋根を支える壁だけです」といった文句が躍る。(「AFP通信」、2月25日)このサイトには、もう100万を超えるアクセスがあったという。

この人気に乗じて、「トランプ大統領誕生という恐怖」からアメリカ人を救います、というデートクラブのウェブサイトまで出始めた。(これを始めたのはアメリカ人だが。)「アメリカ人をカナダの独身パートナーと愛で結びます」というこのサイト、「メープルマッチ(MapleMatch.com)」は、トランプ候補のスローガン「アメリカを再び偉大な国に」をもじって、「デートを再び偉大に」と呼びかけている。

カナダ企業にも、トランプ嫌いを宣伝に取り上げるところが出ている。エア・カナダは6月になって、米国の5大都市で、トランプが万一大統領になったときカナダに移住するのに、その前に試しにカナダに来ませんか、とキャンペーンを始めた。

「カナダであなたの人生をやり直すために、家を売り払って、片道切符を買って移住する前に、まずは試しにカナダに行ってみませんか」とフライト・アテンダントがコマーシャルの中で呼びかける。「エア・カナダは1日240便がカナダと米国各地を結んでいます」というこの広告は大手広告代理店、J.ウォルター・トンプソンのトロント支社が制作したものだが、トランプ支持者の反発を避けるため、トランプという言葉は一切使っていない。

大手企業は、米国内の政治問題である反トランプムードを宣伝に使うのは躊躇するものだが、カナダ・オンタリオ州キッチナーのスタートアップ企業ソータブル(Sortable)は、フェイスブックやインスタグラムを使って、米国で働くカナダ人に「トランプが大統領になったら、カナダに戻ってきませんか」という広告を出している。その広告の中で、顔をしかめたトランプが「カナダに引っ越すんだって?ソータブルが雇ってくれるよ」と言っている。(「カナディアン・プレス=ヤフーニュース」6月15日)

しかし、トランプのおかげでアメリカ人のカナダ移住が本当に増えるのか、大方の見方はクールだ。

大統領選挙年に、新しい大統領に不満なアメリカ人がカナダに移住するという話は、今始まったことではない。4年ごとの大統領選挙のたびに、大統領候補に不満なアメリカ人がカナダ移住を言い出すのだが、先のBBCの記事によると、アメリカ人がカナダに永住のために移る数は、2005年以降、年間9,000人程度と比較的安定している。2008年、バラク・オバマが大統領選で勝利した年が、カナダ移住の近年のピークであったが、その理由は定かではないという。

カナダに移住するという「脅し」は、トランプに限らない。3月に行われたカナダのグローバル・ニューズとイプソス(調査会社)の調査では、19%のアメリカ人がトランプが大統領になったらカナダに移住すると答えたのに対して、ヒラリー・クリントンが大統領に選ばれたらカナダに移住すると答えたものも15%いた。これまでの結果を見れば、その通りになったためしはないという。

「グローブ・アンド・メール」(3月2日)によると、実際には、カナダ移住は誰にでもできるほど簡単ではないという。昨年までのハーパー保守党政権の下で、移民法が強化され、カナダに移住するには、大学の学位を持つ高学歴で、技術技能もあり、カナダでの雇用先が決まっていなければならない、とルドルフ・キシャー弁護士は指摘する。移住するのにかかる時間もコストもあり、ただのアメリカ人には移住はさらに難しくなっている。隣り同士でも、国が違えば、移住するというのは簡単ではないのだ。

 

石塚嘉一、トークス シニアコンサルタント

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