トルドー首相初めての訪日、「日本の休日」

ジャスティン・トルドー首相が就任以来初の本格的外国訪問として、先週5月26-27日伊勢志摩で行われたG7主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)に出席のため、日本を訪問した。安倍首相との二国間首脳会談だけでなく、G7の錚々たる首脳の面々の前でのデビューになった。

7カ国の首脳の中では、一番「新米」のトルドー首相だが、サミット会場以外にも、東京や伊勢志摩の行く先々でトルドーらしさを随所に発揮した。トルドー首相夫妻の訪日を日本のメディアは好意的に写真入りで伝えていた。

他の主要国首脳に先駆けてソフィー・グレゴワール夫人とともに23日月曜日東京に着いたトルドー首相は、早速その日のうちに、日本の自動車メーカー3社、トヨタ、ホンダ、富士重工業の社長や自動車部品メーカーの首脳と会談、カナダへの投資と現在ある工場の維持拡大を呼びかけた。

中でも最大のターゲットは、北米で人気のスバルを作る富士重にあったようだ。青山にあるカナダ大使館の大使公邸に吉永泰之富士重社長を招いてカナダへの投資を要請した。吉永社長は、当面は生産能力を拡大する計画はないが、将来あるかもしれない、と実に日本的に丁重に答えた、とカナダの通信社「カナディアン・プレス」は伝えている。(「CBCニュース」5月24日)

翌日のカナダの新聞には、ホンダの本社でトルドー首相が、出迎えてくれた「アシモ」ロボットと握手する写真が大きく掲載されていた。トルドー首相はツイッターで「ホンダの外交プロトコルはユニークだ」と言って、ロボットとの出会いが気に入った様子だった。

オンタリオ州はトヨタとホンダのほかに、クライスラー、GM、フォードが生産工場を置いていて、関連の自動車部品メーカーも多数工場をもって、北米で最大級の自動車生産クラスターを形成している。ホンダは1986年にアリストンに日本の自動車メーカーで初めてカナダに製造工場を開設、その後2番目の工場、エンジン工場を増設して、北米でのベストセラー小型車「ホンダ・シビック」の海外での生産拠点となっている。昨年11月には次世代「シビック」の生産に備えて8億5700万ドルを投資することにした。

トヨタも昨年、オンタリオ州のケンブリッジとウッドストックにある両工場に4億2100万ドルを投資して次世代レクサス車の生産に備えると発表した。

しかし、これはむしろ例外的で、近年自動車の生産拠点がカナダから、ますます南に、メキシコや米国南部のよりよいビジネス環境の地域に移り、カナダは新しい自動車生産工場の投資誘致合戦に負けているという背景がある。

一方、特に北米で人気のスバルは、昨年の米国の販売台数が582,675台と、2010年から倍増、カナダでの販売台数も過去最高の46,609台と2010年から68%も伸びている。インディアナ州ラファイエットにある同社の北米唯一の工場では、年間30万台以上に増産するようにすでに生産施設拡張の投資を行ったばかりである。それでも、スバルはさらにカナダに増設の可能性が考えられる候補の自動車メーカーだとカナダのアナリストや政府関係者はみている。

今回、富士重からは、工場建設投資に何らコミットは得られなかったけれども、カナダの売り込みをできただけでまず第一歩を踏み出したみるべきだろう。トルドー首相自身、「実りが多い」会談だった、とツイートで言っている。今回の日本訪問、特に自動車業界との面談は、「関係構築のためのプロセス」の中でカナダを日本の企業にアピールするのが狙いで、具体的な成果を一夜であげることは考えていないと出発前からカナダのメディアに語っていた。

今回の訪日では、安倍首相との首脳会談やG7首脳会議もさることながら、トルドー首相にとっては日本の自動車業界幹部と会ってカナダへの投資を呼びかけるほうが、国内向けにははるかに、カナダのために仕事をしているとアピールできるのかもしれない。

翌24日の早朝、「日本への敬意を表するために」明治神宮を夫人と二人で参拝したトルドー首相は、神官に迎えられ、本殿の前で深々と頭を下げて手を合わせたあと神殿の中に案内されて、お神酒をいただき、絵馬に願い事を書いて奉納した。トルドー首相は、「カナダと日本のすばらしい友好関係が両国の、そして世界の人々に恩恵をもたらすように」と書いた。夫人は、フランス語で、「勇気、愛、光と平和」と書いて奉納した。トルドー首相を見つけたカナダからの参拝客たち数人とハグを交わして、彼らに、「素晴らしい訪問になりそうだ。深い友好関係があって、まだまだ大きくなる」と言ったと、「ナショナルポスト」(5月24日)は報じている。

皇居を訪れて天皇皇后と親しく会話を楽しんだあと、首相官邸で儀仗兵による歓迎式典に出席、安倍首相との首脳会談、公邸での公式晩さん会と、スケジュールをこなした。安倍首相とは、就任以来、半年の間に今回がもうすでに3回目の二人での会談になるが、相手国を訪問しての公式の首脳会談はもちろん初めて。(昨年11月のAPEC、今年3月の米国核セキュリティ・サミットに続く3回目)

首脳会談では、トルドー首相が選挙中から約束してきた、インフラ整備の公共投資を推進して赤字容認の財政政策でカナダ経済の成長を図るという立ち位置は、来年の消費増税を延期しさらなる積極的な財政支出で日本経済のデフレ脱却を達成しようとする安倍首相と、大いに意気投合したと思われる。一方で、安倍首相が、南シナ海、東シナ海での中国の一方的な行動がいかに地域の安定にとって脅威であるかを強調したのに対して、中国との関係が悪くなることを心配するトルドー首相は、同意しなかったと、カナダの新聞は伝えている。コラムニストのマシュー・フィッシャーは、それでも日本の対中貿易は、カナダの対中貿易よりはるかに大きいではないか、と皮肉っている。(「ナショナルポスト」5月24日)カナダが、中国のカネがほしいドイツ、フランス、イタリアと同じく、南シナ海での中国の横暴に強く出られないでいるのを、米国と日本は懸念している、とフィッシャーは、同紙5月27日付紙面でも指摘している。それでも、ウォータルー大学の専門家の見方を引用して、トルドー首相は日米の強硬路線に「なんとか協力しようとしているようだ」とフィッシャーは言う。帰国後カナダの姿勢がどう変わるのか変わらないのか。

ここまでは、初めて日本を訪れた他の外国の首脳とそう変わらないが、そのあとの行動には、やはり、父親ピーエル・エリオット・トルドー首相の伝統に恥じない、ジャスティン・トルドーらしいものがみられた。

特に、翌日(25日)は、トルドーらしい「日本の休日」だった。一切の会合も仕事も入れないで、日本の伝統的な旅館に滞在し、夫妻の11回目の結婚記念日(28日)をお祝いしたのだ。昼間は、ほとんど警護もつけず、プライベートで、Tシャツを着て東京の街を散歩する首相夫妻の姿が日本のテレビで報じられた。

「私たちは今日は極めてハードに仕事をしました。そして木曜日、金曜日はG7首脳会議でまたハードに仕事をします。ですから、その谷間に、少し時間をとって、私と妻の結婚を祝います―(もちろん)個人のおカネで」と、トルドー首相は、記者会見で答えている。「これは、個人のベストの能力を発揮して国に仕えることができるようにするためには絶対不可欠なもの、と私がしばしば言ってきた、ワーク・ライフ・バランスというものです。そして、私はこれを必ず続けます」と述べている。(「CBCニュース」5月25日)

カナダ本国では、たちまち「日本まで行ってトルドー首相は仕事もしないで何をしてるんだ」という批判がメディアの一部や保守党議員から挙がったが、これは選挙中から首相が主張してきたワーク・ライフ・バランスの考えについて国民的議論をおこすための、計算づくの戦略なのだとCBCはいう。だから、首相の「挑発的な休暇作戦」に大きな反発や批判が出た方が首相の目的にかなうし、トルドー政権が連邦政府の公務員たちに導入しようとしているフレックスタイム制の推進につながるのだという。

伊勢神宮に到着するG7首脳の車列に、沿道から熱い歓迎の声が上がったが、トルドー首相の乗る車に対する沿道の声援が一番大きかったと日本のテレビは伝えていた。トルドーらしい日本デビューであった。日本の休日を満喫したかどうか、彼らしい印象を残して離日した。

 

石塚嘉一、トークス シニアコンサルタント

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