13年ぶりのカナダドル安で対応を迫られるトルドー政権

読者の中で、いきなり「ルーニー」(the loonie)と言われてわかる人は、カナダのことに詳しいか、実際にカナダに行ったこと、住んだことがある人に違いない。この「ルーニー」(loonie)はカナダの1ドル硬貨の裏に水鳥ルーン(loon アビ)が描かれていることから、1ドル硬貨をさして、さらにはカナダドルのことを「ルーニー」という。ついでに、2ドル硬貨はシロクマが描いてあるが、「トゥーニー」(toonie)という(ルーニーx2)。

この「ルーン」はもう少し厳密に言うと、Common Loon (ハシグロアビ)という頭からくちばしにかけて黒い、カイツブリのような水潜り鳥(diving bird)で、カナダには広く分布しているのでカナダの国鳥と思われてきたが、公式に国鳥に指定されたわけではない。来年のカナダ建国150年にあわせて正式にカナダの国鳥を選ぼうと、今ウェブサイトで投票する「国鳥プロジェクト」(National Bird Project)が行われている。ブログ執筆の時点でCommon Loon が大きく他の鳥を引き離している。

マクラが長すぎたが、新年早々カナダの新聞をにぎわしたのはこの「ルーニー」の連日の下落を伝える見出しの数々。「ルーニー下落で、対応を迫られるカナダ政府」(”As loonie sags, pressure mounts on Ottawa to act” – Toronto Star, Jan. 13, 2016) とか、「ルーニー13年来の安値で、株式市場も大幅下落」(”Stock markets tumble as loonie falls to new 13-year low” – CBC News, Jan. 13)という具合だ。

そのルーニーが、年明け4日から4日連続で、年末から数えると8日連続で安値を更新し続け、翌週の取引では、対米ドル69.71セントと13年ぶりに70セントを切る安値になった。これは2003年4月30日以来の安値。1カナダドルで、わずか70セント足らずの物あるいはサービスしか買えない、それだけの価値しかないということ。(「トロント・スター」1月13日)

カナダドルの下落は、カナダ経済を支えてきた最大の輸出商品、原油の価格が世界的な原油安につれて下がり続け、1月13日にはついに1バレル30.48ドルと12年ぶりの安値にまで落ち込んだことが何よりましての原因だといわれる。(「CBCニュース」1月13日)原油価格はこのブログ執筆の時点では、29米ドルまで落ち込んで、止まるところを知らない。カナダ経済では、天然資源がGDP国民総生産の20%を占め、その半分は石油、そして総輸出の半分が資源輸出である。だから資源の輸出価格の下落はカナダ経済に大きなインパクトがあるのは言うまでもない。その上に、今、日本や世界の市場を襲っている中国発の株価暴落、金融不安がさらに市場の不安を煽ってカナダの株価も急落している。

この異常事態を受けて民間のエコノミストたちは新政権が作成中の2016年度予算(4月から新年度)に、景気刺激策として約束した以上の規模の赤字支出の予算を組んで対応すべきだと呼びかけている。

トルドー首相もすでに、今年の予算で、選挙で公約した赤字支出の上限年間100億ドルを超える規模の予算を組むことを明らかにしているが、どれほどの規模になるかについては明らかにされていない。昨秋の選挙中、自由党は、石油価格の下落で低迷している経済を回復させるのに、保守党の緊縮財政ではなく、3年間で250億カナダドルの緩やかな財政赤字を容認して、合わせて今後10年間で600億ドルの資金をインフラ投資にあて、古くなって危なくなった道路や橋、公共の建物などインフラ整備を進める公共投資でカナダの景気を立て直すと公約している。

カナダの大手銀行CIBCワールド・マーケッツのチーフエコノミスト、アバリー・シェンフェルド氏は赤字支出を100億ドルなどと言わず300億ドルまで増やして財政による景気刺激をすべきだと主張する。300億ドルの赤字支出で経済成長を0.5ポイント押し上げることができるという。300億ドルほどの規模でなくとも、100億ドルを超える赤字財政支出を求めるエコノミストは多い。

4月からの予算を前に政府が考えているのが、今後10年間で600億ドルのインフラ整備投資支出のスピードアップ、前倒しだ。特にこの石油価格の下落とカナダドル安によって落ち込んだ経済を刺激してテコ入れするには、長期的なイノベーションや競争力強化よりも、今は、短期的に効果の出る公共事業でてっとり早く経済に現金を供給して雇用を増やすことが必要だとみている。中でも、公共輸送機関や公共住宅などのインフラ整備、大規模商業ビルや個人住宅の省エネ対策が考えられている。(「グローブ・アンド・メール」1月14日)

選挙期間中の10年間に600億ドルのインフラ投資の公約では、最初の4年間にその半分以下、174億ドルしか支出されないことになっていたのを、もっと前倒ししようというのだ。

1月18日には、カナダ地方自治体連盟が行った調査で全国市町村の道路、橋、公共輸送機関、公共の建物などのインフラの状態は、全国市町村の3分の1で「急速な劣化」の危機にあるという結果が出たことがタイミングよく発表になった。地方自治体のインフラの大半が「重大な岐路」に立っていて、40%の輸送機関が早急な補修を必要としていると、この調査は述べている。(「トロント・スター」1月18日)

昨年4月に保守党政権が提出した国家予算では、2015年の経済成長を2%、2016年の成長を2.2%と予測していた。政権交代直後の11月に自由党政府は民間業界の見通しに基づいて2015年の成長率を1.2%、2016年を2%に下方修正したが、民間のエコノミストたちは2016年の経済成長がさらに落ち込むと予測している。(「グローブ・アンド・メール」1月14日)

しかし、カナダのマスコミや経済界は、ルーニー下落のマイナス面ばかりを騒いでいる感じだが、オンタリオ州を中心にした製造業、輸出業にもたらすルーニー安の恩恵については、まだあまり言及されていないようだ。ルーニー安で、カナダ製品の輸出競争力は高まり、さらに進めば自動車などは低コストのメキシコなどのメーカーと輸出競争、海外からの投資獲得競争に十分太刀打ちできることになるのだが、理屈通りになるのかはまだ見えない。たとえば、ルーニー安の恩恵を受けるべき輸出産業・企業も過去10年間に1万社もがなくなっている。(「トロント・スター」1月13日)

日本円はアベノミクスのもとで3年間に対米ドル20%下落した。この円安が日本の輸出企業をどれだけ潤し、日本経済を元気にしたかを考えれば、カナダドル安がカナダの製造業・輸出企業にもたらす恩恵も計り知れないと思われるのだが。

経済政策で決断を迫られるジャスティン・トルドー首相は19日、スイスのダボスで開催の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で新政権の政策を世界のリーダーたちに語るために飛び立っていった。

 

石塚嘉一、トークス シニアコンサルタント

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