カナダにシリア難民がやってくる

シリア難民2万5千人を今年中にカナダに受け入れるというトルドー首相の選挙公約は、受け入れの最終期限こそ来年に延期されたけれども、自由党政権下で最初のシリア難民第一陣がクリスマス前にもカナダにやってくる。

世界はいまこの大胆な難民受け入れ策、「カナダモデル」が成功するかどうか、そして彼らもカナダに倣って難民受け入れを拡大できるのか、その行方を見守っている。フランスをはじめ難民が押し寄せて対応に困っている欧州各国や、カナダと同様に難民受け入れの方針をオバマ大統領が確認している米国などから注視されている。

10月の選挙中にトルドー党首が約束した、今年中に2万5千人のシリア難民を受け入れるというのは、さすがに急すぎて政権発足から2か月足らずではさまざまの手続きや受け入れ準備が間に合わないとして批判が出ていたが、政府は受け入れ期限を来年までに先送りしながらも、受け入れ人数は変わりなく、政権発足以来公約の実行に作業を急いでいる。

11月24日に発表された変更案では、今年12月末まででなく来年2月末までに、政府がすべての費用を負担して受け入れる難民2万5千人のうち1万5千人と、民間の団体NGOや個人がスポンサーして受け入れる難民1万人が、カナダにやってくる。そしてさらに残り1万人は2016年中に受け入れるというもの。

受け入れ態勢の問題なども理由にあげられるが、何よりも大きいのがセキュリティの問題。11月13日のパリ同時多発テロ事件の犯人の一人が難民としてフランスに入国したシリア人であったことがわかった後も、トルドー政府は毅然としてシリア難民の受け入れの約束に変更はないとしていることもあり、テロリストが紛れ込むのを未然に防ぐのに、念には念を入れることになる。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)はヨルダンで登録された63万3千人のシリア難民の中からカナダの受け入れ基準に合った難民1万1千人のリストを作成中で、これをもとに、カナダから派遣された担当官らが審査してさらに絞り込む。その上で、現地で面接して最終的に受け入れに適当かどうかを決める。トルコでは現地政府が作成した同様の難民リストをカナダの担当官が審査して、さらに難民への面接を経て確定する。レバノンでも同様の審査が行われ、最終的に審査をパスした難民たちが、カナダに送られる。新政権発足以来すでに、500人の担当官をこれらの国に送り、膨大で遅れがちなスクリーニングの作業に当たらせている。テロリストが紛れ込むのを防止するのと並んで、病気をカナダに持ち込まないように、伝染病に罹っていないかをチェックするのが面談での大きな目的だ。

カナダ政府の今回の難民受け入れは、子供などがいる家族で特に医療の手当が必要な人たち、性的暴行を受けたり危険にさらされている女性、LGBTと呼ばれる性的マイノリティの弱者たちがUNHCRの方針で優先される。この優先順位には、異論を唱える人たちもいて、「カナダにはすべての人が難民として受け入れられるべき」で、こういう人たちが優先的に受け入れられた後は、せめて次は、「シングルで、ヘテロセクシャルの男性も難民として受け入れるべきだ」と「グローブ・アンド・メール」(11月24日)は社説で主張している。

トルドー政権はシリア難民の受け入れを「カナダ国民すべてが関わる国家プロジェクト」だとして力を入れている。難民受け入れ大国のカナダが、通常の受け入れ人数の倍以上のシリア難民を引き受けることで、シリア国内の混乱から逃れて中東や欧州に数十万の難民が押し寄せている「難民危機」を緩和するのに貢献でき、他の国々にも難民受け入れに動く勇気を与えられるのではないかと期待している。

カナダ政府は難民をカナダに民間航空機で連れてくる費用は、政府受け入れの難民だけでなく民間団体・個人が受け入れる難民の分も政府が負担し、2万5千人の政府受け入れ難民が定着するための住宅や生活支援などの費用は全額政府が負担する。その額は、6年間で5億6,400万~6億7,800万カナダドル(564億円~678億円)と見積もられていて、その多くは最初の2年間に集中するとされる。

筆者などは、NGOなど民間の団体や個人(シリア系カナダ国民で難民の親戚も含まれる)が1人の難民を受け入れるのに1年目だけで1万2,600ドル、4人家族だと2万7,000ドルもの定住のための費用を負担するということに感心してしまう。そして、カナダ政府によると、今回の政府のシリア難民受け入れ計画発表に伴って何千もの難民受け入れ申請がNGOや個人から出されていて、彼らが数千、数万ドルを負担して難民を助けようとする責任感や寛大さ、人道的な連帯感は感動的である。

入国審査が慎重で、時間がかかる分、一旦入国審査をパスした難民たちは、カナダに到着すれば直ちに永住権をもった外国人として受け入れられる。

クリスマス前にもシリア難民第1陣のカナダ到着が見えてきた最近は、各州政府の首相や市長が、政府が受け入れるシリア難民は、モントリオールやトロントのようなシリア系やその他の国の移民が多く住む大都市にばかりでなく、カナダの全国各地に万遍なく定住させるべきだと連邦政府にプレッシャーをかけている。シリア難民の定住先は到着時期とともにまだ何も決まっていないのだが、大きなシリア系カナダ人コミュニティが存在するモントリオール、トロントの大都市に、民間団体・個人受け入れによる何千人ものシリア難民の多くが向かうと見られているので、政府受入れの難民も多くがこれらの大都市に定住することになるのではないかとみられている。

カナダのシリア人の約60%、なんと5万人もが、モントリオールを中心とするケベック州に住んでいる。19世紀後半に当時のオスマン帝国からの移住者がケベック州に着いたのがシリア系カナダ人の始まりだという。また、グレーター・トロントの一部を構成するミシソガ市はカナダで最もシリア系カナダ人の密度が高い地域だという。

そこで大西洋側の州などが、難民をもっと均等に配分してくれれば、東部地域の人口減少の問題に対応することができるとして、連邦政府に、要望を出しているのだ。ノバスコシア州の州都ハリファックスの市長は、難民問題を単に人道問題、思いやりの問題としてだけでなく、受け入れ国の人口問題への対応や経済の問題(労働力や消費者の問題)としての手段として考えなければならないと主張している。大都市ばかりでなく、小さい町も州もみんなが、自分たちも難民のために何か役割を果たすことができるのだから、そういうチャンスを与えてほしい、という。文化の違いとは言え、難民に扉を閉ざした日本から見れば、これも感動的である。

カナダはすでに、自由党政権がスタートした11月4日以降で102人のシリア難民を受け入れている。2013年以降では、カナダが受け入れたシリア難民は3,000人以上になるという。

これまでに出ている数字だけでも、今月から来年末までにカナダが受け入れる予定のシリア難民は政府2万5千人、民間1万人で3万5千人と、トルドー首相が公約した2万5千人を1万人も上回っているが、ジョン・マッカラム移民大臣によると、来年末までに他の国からの難民を加えるとカナダが受け入れる難民の数は何と5万人にもなるという。これは1979~80年にいわゆる「ボートピープル」と言われたインドシナの難民6万人をカナダが受け入れたのに次ぐ多さである。米国についで難民の受け入れ大国とみられるカナダの通常の受け入れ数は、2014年で1万2千人以上であった。

しかし、受け入れる難民の数が増えると、住宅や生活支援などの難民への待遇(あるいは厚遇)が社会福祉を受ける生活レベルのカナダ国民に、自分たちよりも難民の方がよい待遇を受けていると感じさせると、国民の間に不満や妬みなどを引き起こし国民の連帯感に亀裂が入ることが懸念され、政府は注意深く進めるつもりだ。政府は国民の理解を呼びかけていて、今のところ、シリア難民受け入れには広い支持が得られているという。

石塚嘉一 トークス シニアコンサルタント

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