中国に甘いトルドー政権

ちょっと旧聞に属するが、この夏、カナダのトルドー政権が、カナダのハイテク企業をいわくつきの中国企業が買収するのをすんなりと承認したことで、カナダ国民や隣の米国から厳しい批判が出た。と同時に、トルドー民主党政権の安全保障問題あるいは中国に対するナイーブで甘い姿勢が露呈された形だ。

このカナダ企業というのは、バンクーバーにあるノーサット・インターナショナル(Norsat International)で、衛星通信技術を米軍やNATO(北大西洋条約機構)加盟国などに販売している。だから、ノーサットの中国企業への売却は、カナダだけでなく西側同盟国の安全保障にとっても大きな影響があるはずだが、トルドー政権は、ふつうの外国企業がカナダの通常の企業を買収する際に行うルーティンの審査をしただけで、国家の安全保障にかかわる場合に必要とされる正式で、本格的な審査をろくにしなかったのだ。

カナダの外国投資法(Investment Canada Act)では、国家安全保障の懸念がある場合、外国企業によるカナダ企業の買収は、厳密な審査をしなければならないことになっている。この条項は、こういう問題を避けるために、先のハーパー首相の保守党政権が、投資法に付け加えたものだ。

それなのに、当のトルドー首相は、そういう批判に対して記者会見で、ノーサットの売却については、これ以上正式審査をする必要はないし、カナダの安全保障にもいかなるリスクとなるものではない、と反論した。

カナダの優秀な国家安全保障機関のプロが、この売却には国家安全保障の重大な懸念はないので、これ以上の審査をする必要はない、との結論を出したのだ」と述べて正当化している。

しかし、6月に、この問題が報道されてから、この日の発言に至るまでのトルドー首相の発言は迷走した。「グローブ・アンド・メール」紙に追及されたトルドー首相は、最初は、本格的な安全保障への影響の審査をした、と言ったが、実際には、ゆるい予備審査でしかなかった。

また、ノーサットの中国企業による買収が国家安全保障のリスクにならないと結論を出す前に、ワシントンに相談したと議会で言ったが、トランプ政権の誰に伝えたのか、そして米側はその売却に反対したかどうか、との保守党議員の追及については、答えることを拒否している。

しかし、米国側の安全保障のプロは、そう甘くはない。米政権は、何の相談もなかったとして、米国防総省(ペンタゴン)も、米軍に納入している企業が中国企業に買収されるのは、米国の安全保障に重大な影響が出る恐れがあるとして、米国は米国で、ノーサットとペンタゴンなどとの契約内容を見直すと発表した。

ノーサットがその技術を納入しているお得意さまには、米国防総省やNATO加盟国のほかに、米海兵隊、陸軍、ボーイングや航空管制業務を行う民間のカナダ航空管制法人(Nav Canada)、さらにはアイルランド国防省や台湾軍、CBSテレビやロイター通信などの大メディアなども含まれるので、そこに使われる機密の技術を中国企業に握られるのは(ということは、中国政府や軍の手にわたると考えるのが普通だ)、影響がなくはないはずだ。しかし、トルドー首相は、どこからどこの国のどの企業からその技術が来るかは大した問題ではない、と一国の首相としては無責任な答えをしている。

その上、ノーサットを買収した中国・深センの通信会社ハイテラ・コミュニケーションズ(Hytera Communications)というのは、無線トランシーバーや無線機の大手メーカーで、米国のモトローラから、同社の技術を「大規模に盗んだ」として知的財産窃盗で訴えられている問題のある企業なのだ(「グローブ・アンド・メール」7月2日)。中国の企業が他国の技術を盗むのは、今どき珍しくもないかもしれないのだが。

ブリティッシュ・コロンビア大学のマイケル・バイヤーズ教授は、カナダ安全情報局(CSIS)がこのケースを審査していたら、ハイテラの投資、企業買収が、他の国では安全保障の問題を引き起こしているということを、カナダ政府にきちんと指摘しただろうに、と述べている。同教授によれば、英国では、同じハイテラによる英国ケンブリッジのモバイル・デジタル無線機メーカー、セプラ社(Sepura) の買収は、厳しい機密保護措置がつけられた後ではじめて、許可されたという。

陳青洲(Chen Qingzhou)という資産家が過半数を所有しているのだが、中国政府の投資ファンド、全国社会保障基金が2%以上もの株を持っている会社でもあるのだ。

ハイテラは、グローブ・アンド・メール紙の質問に対する文書での回答の中で、ノーサットの買収後、カナダのあらゆる法律は守ると述べているが、米軍など、これまでの顧客との契約を継続するのかどうかについては、コミットしていない(「グローブ・アンド・メール」6月27日)。

話はこれだけではない。トルドー政権は、3月には、保守党のハーパー政権が2015年に安全保障上の問題から不許可としていた、モントリオールにあるレーザー技術企業ITF Technologiesの、香港企業による買収を阻止する措置を撤回、許可したのである。それも、カナダ安全情報局(Canadian Security Intelligence Service)が、「先端の軍用レーザー技術が中国に渡れば、カナダや同盟国の優位が崩れ、安全保障上のリスクがある」として明確に反対していたにもかかわらずだ。この香港にあるO-Net Communicationsという企業は、これまた、全株式の25%を中国政府が保有している、中国政府のダミーなのだ。

当然、圧倒的多数のカナダ国民はこのカナダ企業2社の中国への売却に反対している。6月末に行われたナノス(Nanos Research)世論調査によると、回答した76%のカナダ国民がノーサットの売却に反対(18%が賛成)し、ITFの売却には、それより多い78%が反対している。

トルドー首相は、就任以来、カナダの外交政策の柱の一つとして、中国との貿易・経済関係の拡大を公約しており、カナダ・中国自由貿易協定の締結に向けて予備交渉に入っている。

今年5月にハーパー前党首の後任に選ばれたアンドルー・シーアー(Andrew Scheer)保守党党首は、この自由貿易交渉を進めるために、トルドー首相は、中国にすりより、甘やかす宥和政策をとっているとして厳しく非難している。

中道左派のNDP(新民主党)でさえ、「これは、ニュージーランドにものを売るのとは同じではないのだ。(南シナ海進出など)明らかな世界的野心をもち、民主主義に何の説明責任も持たない中国に売ろうとしているのだということを忘れてはいけない」として、すでに1月の時点でITFの中国への売却に反対している。

中国は、西側の先端技術を取り入れて(盗んだり、合弁で技術移転を強要したりして)、近代化をはかり、軍用に転用してきていることは、今や常識である。

中国がカナダと自由貿易協定を結ぶのに熱心なのは、FTAを一旦結べば、今後、このようなハイテク企業への中国の投資、買収がいちいち大騒ぎにならないですんなりと認められるようになるということが、中国の大きな狙いだといわれている。

政権について、もうすぐ2年になるトルドー首相も、難民の受け入れや性的少数者に対する理解など、社会的リベラリズムでは内外で評価が高いが、中国の本質についても、そろそろ学習して、カナダが西側の同盟国であり、同盟国の安全保障にも責任があることを理解しないと、日本も含めて周りの国はオチオチできない。

 

脚注:

トルドー政権になってから、このような、軍事・安全保障に関する投資話ばかりでなく、中国企業の投資は目に見えて増えている。今年2月には、トルドー政権は、BCにある老人ホームのチェーンを、本当の所有者があいまいな中国・北京の巨大保険会社への売却を承認した。これで、この中国企業は、カナダの医療・介護の分野に参入する大きな足がかりを得たのだ。

7月には、バンクーバーにあるグラウス・マウンテン(Grouse Mountain)という1,200 mほどの山でハイキングをしたりスキーをしたりする、バンクーバーのランドマーク的なリゾート地が、中国政府系の投資会社が所有する中国企業に買収された。

トルドー首相の父親で、カナダで最も尊敬される政治家の一人といわれる、ピエール・エリット・トルドー元首相は、1970年10月13日、米国よりも西側のどの国よりも早く中国を承認し国交を結んだ。以後、中国との友好関係を推進した父親の功績を、誰よりも強く意識していることが、トルドー首相の中国政策に影響しているのかもしれない。しかし、元首相は、中国に対して甘いばかりではなかったのだ。

 

石塚嘉一、トークス シニア・コンサルタント

 

カナダの大学に入学する外国人学生が急増している

カナダの大学が今外国の学生に人気だ。中でもカナダの多様性や自由な雰囲気に惹かれる米国の学生が増えているとカナダのメディアが伝えている。

「グローブ・アンド・メール」(5月14日)の報道によると、この秋から始まる新学期には、これまでにない位の数の外国人学生が入学してくるという。大学の中には、こういう学生の入学が25%以上も増えるところもあって、これらの大学では、政治的不安や国内の対立と分断で世界が不安定化する中、カナダは彼らにとっては比較的寛容で安定した場所として映っているのだろう、と説明している。

今年の外国人学生の入学申請はどこも二桁の伸びを示していて、特に米国の学生は過去最高レベルに達しているという。その大きな理由がドナルド・トランプ大統領の就任だという見方がある。

例えば、アルバータ大学の場合は、今年秋の新学期に入学してくる外国の学生は昨年と比べて27%も増えた。入学申請がそのまま実際の入学につながる訳ではないが、外国からの大学院入学申請は82%も増えた。デビッド・ターピン学長は、米国や欧州に広がる孤立主義、排他主義の高まりが、彼らをカナダに向かわせているのだと言う。そして、外国の優秀な学生が、多民族から成るカナダの多様性や寛容、自由の価値の中で学んで帰国したあと、彼ら卒業生たちとカナダとのつながりが続くことは将来のカナダの発展にとって重要な役割を果たすことになる、と期待を語る。

他の大学でも、同じような傾向が見られる。カナダで最も評価の高いトロント大学は、この1年を通じて米国で学生を募集してきた結果、今秋入学する米学生の割合は2倍に増えたという。オンタリオ州キングストンにあるクイーンズ大学では外国人学生の入学は40%増えた。さらに、同州セントキャサリンズのブロック大学のように、もっと小さい大学でも、この秋の新学期にはこれまでより30%も多くの外国人学生が入学してくるとしている。

この傾向は、MBA(master of business administration 経営学修士号)を取得するためのビジネススクール(経営大学院ともいわれる)の場合も同じだ。例えば、トロント大学のロットマン・マネジメント・スクール(Rotman School of Management)は3月の入学願書の段階で、外国人学生はすでに34%も前年より増えている。ここでは2016年にも、応募は2015年比20%もの増加を記録している。

これに対して、今年3月にリリースされた調査結果によると、米国の250の総合大学(university)および単科大学(college)のうち39%が、ビジネススクールだけでなく全ての学部に対して、外国人学生の入学申請が前年より減少したと回答している。American Association of Collegiate Registrars and Admission Officers(米国大学教務部長・入学審査部長協会)によるこの調査では、35%は入学申請が増加、26%は変化がなかった、と回答している(「グローブ・アンド・メール」3月20日)。

外国の学生がカナダを選ぶ大きな理由の一つは、カナダの移民政策が外国からの留学生にとって留学中も卒業後も「優しい」からだ。MBAのためのビジネススクールで有名な英国や米国の厳しい「反移民」のような政策とはちがって、たとえば、カナダでは条件さえ整えば(卒業証書があれば、その他)卒業後の就労許可証(post-graduation work permit)が容易に得られる。カナダ連邦移民局が2008年に改訂したこの制度では、最長3年間有効のオープンワークビザが取得でき、また雇用主のオファーがなくてもワークビザを申請することができる。

ウガンダから来たヘレン・コブシンゲさんは、今春オンタリオ州のクイーンズ大学スミス・スクール・オブ・ビジネスを卒業、現在キングストンで世界的会計事務所KMPGの上級会計士として働いている。彼女は、この制度があるため、カナダは他の国よりはるかにいいと言っている(「グローブ・アンド・メール」6月8日)。いま彼女のようなアフリカの小国から来た国際留学生が増えており、世界で学生が好む留学先としてカナダの人気を押し上げているのだという。

米国のGraduate Management Admission Councilの世界のビジネススクールに関するデータによると、2009年から2016年の間にカナダは、外国人学生の留学先として、トップ5に入った。米国と英国が常に留学先のトップ2なのだが、昨年、アフリカからのMBA留学生の人気の留学先としてカナダが2位に入った(2009年5位)。同じ年、中央・南アジアからの留学生にとってカナダは3位に(2009年5位)なり、米国および中東からの留学生にとってカナダは5番目に行きたい留学先であった。

GMACのグレッグ・ショーンフェルト研究部長は、上記のようなカナダ政府の政策が外国の学生のカナダへのシフトに大きな影響を与えていると言う。カナダの「移民に優しい」というイメージは、間違いなく海外の学生をリクルートしてくるのに有効なツールになっている、と言う。大学としたら、カナダのワークビザ、就労許可証や学生ビザを取得する時の容易さを、大いに利用したいだろうと、ショーンフェルト氏は言う。3年の就労許可があれば、コブシンゲさんのような卒業生にとっては、カナダの永住権を申請して獲得する時間を与えられることになる。

外国人学生が増えたからといって、カナダ人学生の入学がその分減らされることにはならない。留学生が増えることは、カナダの多くの大学にとって、授業料収入が増えるということにとどまらず、より多くの入学希望者の中から優秀な学生を選べるという効果があり、さらに、多くの外国人学生が入ってくることで、大学の教室のグローバル化や多様性がますます高まり、キャンパスではカナダ人学生が世界各地からやってくる学生たちと交流することができ、それがまた、外国から多くの留学生が来たがる理由の一つになっているという。

留学生が増えることへの対策も大学はいろいろとっている。ブリティッシュ・コロンビア州のビクトリア大学ビジネススクールのデービッド・ダンMBAプログラム担当部長は、「学生が遠い外国からやってきて、カナダの文化に入り込むのは易しいことではない。大学としては、外国人の学生をサポートするような環境を作る責任がある。海外からの留学生がMBAコース全体の3分の2を占めるこのビジネススクールでは、全員が”sustainability” について学ぶために森林など野外で過ごす時間も含めた3週間のオリエンテーションに参加する」と言う。その中には、カナダの先住民である地元のファースト・ネーションに会うプログラムも含まれている。

また、この外国の学生のカナダに対する関心の高まりは、このような手厚い留学生対策だけでなく、カナダの大学、特にビジネススクールへの留学が卒業後の良い仕事に就けるという保証がなければ長続きしないかもしれない、と警告する大学関係者もいる。

カナダの大学に対する関心の高まりは学生だけではない。研究者のカナダの研究環境に対する関心も高まっているという。これには、学生と同様、外国の政治的状況や研究環境の悪化という要素がカナダに目を向けさせているという事情もあるが、一方で、カナダの大学や州・都市が優秀な科学者を招致しようとする努力の結果でもある(「グローブ・アンド・メール」5月14日)。

カナダの多くの有名大学はいま、世界的に著名な実績のある研究者や教授たちをリクルートしてレベルアップするという野心的な国際化の努力の真最中だという。例えばブリティッシュ・コロンビア大学では、外国の学生から入る授業料を資金にして、学長の特別研究ポストを設け、世界的に優秀な学者をそのポストに招致しようとする制度を作っている。計画では、6つの重要な研究分野で「チェア」を設け、それぞれ1,000万~1,500万カナダドル(8億5,000万~12億7,500万円)の研究費が、研究室とか研究チームを立ち上げるために提供される。

これは、大学側からの積極的な招聘努力によるもので、このほかに、外国の研究者や教授からポストを求めての問い合わせも増えている。同大学のサンタ・オノ学長によると、世界中からカナダに移りたいという研究者や教授からの非常に熱心な問い合わせが来ているという。

しかし、これらの教授や研究者が、米国でのトランプ政権の誕生や欧州の政治の保守化や分裂などで窮屈になった環境を逃れて「知的難民」としてカナダにやってくるのか、カナダの大学の魅力的な研究環境と国際化努力の中での有利なオファーの提供によるものなのか、はっきりしないという慎重な見方をする大学関係者もいる。多分両方なのだろう。

トロント大学コンピュータサイエンス学部ではここ2年で約20人の教授を新しく雇った。米国流のハイテク技術に強くて、米国らしいエネルギーにあふれた研究環境と欧州のセーフティーネット的なものをあわせ持ったのがカナダの良いところなのだが、こういうカナダの良いところが最近の世界の情勢によって、一層強化され、魅力的になったのだと、この学部のチェア、ラビン・バラクリシュナン教授は言う。ある程度の研究費が保証され他の教授たちと協力して仕事ができるというのは、特に新米の教授や研究者にとっては、その大学に来る何よりも重要な要件なのだという。

 

石塚嘉一 トークス シニア・コンサルタント

トランプ大統領のアメリカから押し寄せる難民の対応に追われるカナダ

今年に入って難民の認定を求めて米国からカナダに不法に入国する外国人の数が急増している。先月発表されたカナダ政府の統計によると、2017年最初の2か月で、1,134人が不法に国境を越えてカナダに入国して逮捕されている。これはすでに昨年1年間に国境で捕まった不法入国者の数の半数である。ほとんどがニューヨーク州からケベック州に入ろうとして捕まったものだ。(全体の677人がケベック州、マニトバ州に161人、ブリティッシュコロンビア州に291人、サスカチュワン州に5人。)

彼らのほとんどが、移民や難民への厳しい制限を打ち出して、不法入国者は国外追放すると公約しているトランプ大統領のアメリカを逃れてくる人々なのだ。モントリオールに本部を置く難民のためのNGOカナダ難民評議会(CCR)の専務理事ジャネット・デンチ氏は、トランプ大統領の移民政策が不法入国急増の大きな原因だと言う。「彼らの中には、米国に長く住んでいて、カナダに来ることなんて考えたこともなかったのが、今では米国は彼らにとって安全ではないと感じている人たちも多くいる」と彼女は言う。

米国との国境を歩いて不法にカナダに入って捕まる上記の難民希望者も含め、カナダに定住するための難民認定の申請をカナダ政府が今年取り扱った数は、最初の2か月で5,520人と、前年同期の2,500人と比べると約2.2倍に増えている。このペースでいけば2016年全体の難民申請数23,895人を軽く超えて3万の大台に乗りそうだという。

しかし、今カナダのマスコミに取り上げられ、世界に配信されて世界中で共感を呼んでいるのは、米国から身の回りのものを詰め込んだスーツケースを引きずって家族でケベック州やマニトバ州の国境近くにやってきて、そこから深い雪に足をとられながら凍えそうな寒さの中、カナダで難民として受け入れてもらうためにカナダの国境を越えて入国し、国境の向こう側で警戒しているカナダのRCMP(王立カナダ騎馬警官、Royal Canadian Mounted Police)と呼ばれる連邦警察の警官に不法入国で逮捕されるasylum seekers(難民希望者)なのである。

中でも、小さなかわいい女の子を国境で抱き上げて安全な場所に連れて行くカナダの警官や、小さな自分のスーツケースを片手に、人形を抱えた女の子が、カナダの警官に助けられて、トルコからだという家族と一緒に国境を歩く映像、片手でいくつかのバッグを、もう一方の手に小さい男の子を抱いて雪と氷の沼地や原野をカナダの国境へ必死に渡る父親の映像などが2月から3月にかけて多くの読者、聴視者の胸を打った。

別の映像では、国境を越えようとする「難民希望者」たちに、「ここを越えてカナダに入ると、不法入国の罪で逮捕されますよ、それでもよろしいか?」とカナダ警官が問いかける。難民希望者が「わかっている。それでもかまわない」と答えると、カナダ側に入ることが許されて、すぐに「逮捕」され(形だけ手錠をかけられ)、武器などをもっていないかチェックされたあと留置所そして難民申請者の収容所に連れて行かれる。彼らに対する警官の扱いは驚くほど穏やかなのだ。別の家族4人、東欧系の両親とその赤ん坊とよちよち歩きの女の子が、国境の土手のように盛り上がっているところを越えるのに、カナダの女性警官が、まず母親のベビーカーをカナダ側に入れ、母親から赤ん坊をひきとって、その上で、母親の手を引いて国境を越えさせる ―「不法入国者」を扱っていると思えないやさしい扱いで、感動的だ。アメリカ側の国境警備員も、難民希望者が米国での不法滞在者とわかり捕まえようと追いかけるが、彼らがカナダ側に逃げこんだ時に残して行ったカートや荷物をカナダの警官に手渡している。

このような米国からの難民希望者のほとんどは、トランプ大統領が1月に出した、難民の入国禁止令の対象国であるイスラム教徒が多数を占める国々の人々や、不法入国をして長く米国に滞在している人々 ― トランプ大統領の公約で国外退去になる恐れのある人々 ― だ。入国が無期限禁止になっているシリア、90日間禁止のイラン、リビア、ソマリア、スーダン、イエメン(イラクは、2回目の入国・旅行禁止令で対象から外された)。その他、ジブチ、ルーマニアなどからの難民(多くが米国への不法入国者)が増えていると言われる。

それだけでなく、トランプ大統領の措置に対抗して、トルドー首相が「カナダは迫害から逃れてくる人々を歓迎する」と発表したことが、カナダへの難民希望者の増加をあおる結果になっている。そして彼らが歩いて国境を越え、直ちにカナダの警官につかまってパトカーに乗せられて連れていかれる写真や映像がカナダのマスコミに連日のように大きく取り上げられている。

なぜ彼らが国境の公式の検問所からカナダに入らないで、検問のない国境を越えて不法入国するかというと、米国ニューヨークのワールドトレードセンタービルなどを襲った9・11同時多発テロの翌年2002年にカナダが米国と結んだ「Safe Third Country Agreement」(発効は2004年)の取り決めで、どちらかの国に入った難民が、公式の国境検問所に行ってもう一方の国に難民申請をすることを禁止していて、米国の不当入国者はもちろん、難民がそうすれば捕らえられて米国に送還され、そこから国外追放になるからなのだ。一方、彼らが公式の国境検問所でないところから不法入国したら、国境を警備しているカナダの警官に不法入国で逮捕されるが、一旦カナダに入ってしまえばすぐに送還されることはなく、難民申請のヒヤリングを受け、結果が出るまで収容所においてもらえるという点に難民希望者たちは目を付けたということなのだ。だから、カナダがこの協定を破棄すれば、公式の国境検問所を通って難民申請する人数は増えるけれども、真冬の国境を不法に越えて凍え死ぬような危険を冒す人は少なくなるのではないか、という難民支援組織や人権活動家たちの意見がカナダ国内で根強くある。

これらの難民希望者がカナダへ不法入国するのに最も多く通るのが、「ゲートウェー・トゥ・カナダ」(カナダへの入り口)と呼ばれている、ケベック州南部、モントリオールの真南の国境近くの、人口800人の小さな町エエマングフォール(Hemmingford)である。彼らはニューヨーク州の北東の端、シャンプレーン(Champlain)の国境近くまで、莫大な運賃を払ってタクシーで来て、森に囲まれた雪の道を歩いて国境を越えるのである。

もう一つ米国からカナダへの不法入国が集中する地点は、マニトバ州のエマーソン地域を流れるレッド・リバーの周辺。マニトバ州には、国境の南、米ミネソタ州の原野を歩いてたどり着くのだ。ミネアポリスにはソマリア人のコミュニティがある。3月の初めには、今年最悪の猛吹雪が吹き荒れた。暴風は時速100kmもの風速で、カナダに向かう難民希望者の中に吹雪の中を吹き飛ばされた者はいたけれども一人も死者が出なかったのはラッキーとしか言いようがない。

やがて春になって、雪解けで洪水になると川を渡ってカナダに入ろうとする難民希望者たちが犠牲にならないように、今年は特に十分に準備しておかなければならない、とカナダ連邦政府のラルフ・グッデール(Ralph Goodale)公安大臣は言う。3月に入って、彼はエマーソンを訪れ、こういう難民希望者の流入に対応するための当座の費用として、連邦政府からの3万カナダドルの追加支援を発表した。これら難民希望者の数はこれからまだまだ増え続けると見られている。壁やフェンスがなくても、冬の凍るような寒さの中、雪や氷の国境を越えるのは時には命がけになるのだが、春が来て寒さが緩むと国境を渡るのはぐっとたやすくなる。RCMP とCBSA(カナダ国境サービス庁、Canada Border Services Agency)など当局は、難民が押し寄せた時の対応策を今から練っている。国境で不法入国者を逮捕したRCMPの警官は、難民希望者たちをセキュリティチェックしたあと、CBSAに送る。そのあと、IRB(移民・難民委員会、Immigration and Refugee Board)が彼らを難民としてカナダに受け入れるか、国外に追放するかを決めるのだが、決定が出るまでに1年、長い時は4年かかる。

カナダは大きな国土があり、経済の活力を維持するために今年は年間30万人もの移民を受け入れる上に、厳しい審査の上、国外からの難民(refugee)を4万人程度受け入れる。(2016年はシリア難民の特別受け入れがあり、55,800人。)その上に、米国から国境を越えて不法に入国する難民(asylumとしてrefugee と区別している)を受け入れるとなると、まず不法入国を取り締まるところに始まって、国内に入れても彼らの処遇が決まるまでの何年かにわたって、彼らを収容し生活費を支給することになり、相当な予算が必要となる。

難民希望者がやってくるエマーソンやエエマングフォールのような町では、町の多くの人たちはボランティアを組織して彼らの受け入れに好意的で、彼らの受け入れのために新しく住宅を建てる町もある。一方で、町の救急車や救急医療隊員は、不法入国する難民希望者の対応に引っ張り出されて、町の人々の緊急時に手が回らないという状況が出ている。

だから、春が近づいて、難民問題が長引く様相を見せている中で、最近の世論調査では、カナダ国民の半分近く(48%)が、カナダはこれ以上難民の受け入れをすべきでないと考えていることが分かった。一方で、36%は、政府は難民に関してよくやっていると今のやり方を支持している。しかし、野党保守党を中心に、不法入国者は厳しく扱って、逮捕したら米国に送り返すべきだ、と自由党政権のやり方を厳しく批判する声もある。彼らは、難民希望者がぞろぞろ歩いて無防備の国境を越えてカナダに入る映像が世界に報道されては、8,900キロの世界一長い国境を持つカナダは簡単に入れる国だという印象をテロリストに与えて、カナダのセキュリティが危うくなるというのだ。

トルドー首相は、難民に優しい態度を今のところ変えそうにない。トランプ大統領も、旅行制限や不法移民の取り締まりの方針を簡単に緩めそうにはない。

 

石塚嘉一、トークス シニアコンサルタント

「トランプ大統領」の登場を不安げに見守るカナダ

11月の選挙で大方の予想と願いを裏切ってドナルド・トランプが次期米国大統領に選ばれた。選挙前から、おそらく世界のどこよりも(多分メキシコを除いて)「トランプ大統領」に反対してきた感のあるカナダでは、政府も民間もみんな大きなショックを受けている。

1月20日に迫った就任式を前にして、ホワイトハウスや主要閣僚の人事が固まりトランプ政権のかたちが見えてきた。トランプ大統領で自分たちに何が起こるか、世界が固唾を飲んで見守っている中、国境を接するカナダでは、選挙から2か月近く経ってもまだそのショックが冷めやらない。まだ「トランプ大統領」が受け入れられないという様子だ。

カナダのマスコミにはトランプ大統領がこの国に与える影響についての記事が後を絶たない。選挙が終わったのに、トランプ氏が政策的にも人格的にもいかに大統領にふさわしくないかを説く記事がまだ出てくる。(本国アメリカでは、票の数え直しやトランプ候補が獲得した大統領選挙人をヒラリー・クリントン陣営に寝返りさせようとする民主党陣営の最後の抵抗も成功しなかった。)

一方で、トランプ大統領はお隣アメリカの大統領で選んだのはアメリカ国民なのだ、カナダ国民はどうしようもないのだからトランプ大統領とうまくやっていくべきだ、とカナダ国民を諭す記事も出始めた。

どの国との外交関係もそういうものだが、カナダにとって国境を接した最も重要な大国、米国との関係をできるだけ「予測可能な」ものにするために長い年月をかけて多くの協定やとりきめ、ルールを積み上げてきたのだ。それなのに、トランプはそういうものの多くを一気にガラガラとくずしてやり直すと公約して当選したのだ。「再び強いアメリカを取り戻す」ために、「アメリカ・ファースト」と保護主義を掲げ、就任初日に、環太平洋経済連携協定(TPP)から撤退するだけでなく、22年も続いているカナダとメキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)を「破棄するか再交渉する」という公約がどうなるのか、カナダにとってはおそらく一番の不安だろう。

トランプの大統領選勝利直後の「グローブ・アンド・メール」社説(11月9日)は、トランプの「番狂わせの勝利」は「貿易依存のカナダ経済にとって最悪のシナリオだ」と見出しで嘆いた。

トランプ大統領はリチャード・ニクソン大統領以来最も保護主義の強いアジェンダを推進するといわれている。NAFTAを破棄して中国やメキシコに、それぞれ45%と35%の関税をかけると約束している。選挙運動中の公約、「アメリカの有権者との契約(“Contract With The American Voter”)」では、就任初日に「NAFTAを交渉し直すか、撤退する」と言っている。G7の中で最も貿易に依存する経済のカナダで、その製品輸出の4分の3近くが米国向けであるカナダにとって、NAFTAの解体は、米国向けのカナダの輸出にかかる関税が大幅に高くなる可能性があることを意味する。

輸出開発公社カナダ(EDC)の分析によると、NAFTAの解体は、米国向けの製品およびサービス輸出に一律10%の関税がかかるのに匹敵する影響がある。それは、カナダの輸出を4.5%も落ち込ませることになり、カナダのGDPが4%近く下落すると同時に73万7000人分の雇用が失われることになるとEDCは指摘している。(「グローブ・アンド・メール」社説11月9日)

もちろん、トランプの標的は、そしてトランプ大統領を選んだ米国の選挙民の標的も、カナダでなくてメキシコなのだが、NAFTAをがたがたに壊されて米国の利益に合わせて作り直されたのでは、カナダが標的でないにしても、カナダにとっては安心していられない。だから、トルドー首相は、選挙直後のトランプ大統領に「カナダ政府はいつでもNAFTAの再交渉に応じる用意がある」と言ったのだ。実際に、トランプ大統領と共和党多数の議会がNAFTAを、そして貿易全般を、どうしようとするのか、まだわからない。

トランプ大統領の誕生は、カナダ国内の、そして世界の気候変動政策も危うくすると懸念されている。トランプ候補は、オバマ大統領が積極的に進める環境政策を白紙に戻すと言ってきた。そうなれば、温室効果ガスの排出を抑制するための国際努力まで大混乱に陥ってしまう可能性が高い。トルドー首相と組んだオバマ大統領のリーダーシップで、2015年12月の第21回気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)は何とか新たな枠組みのパリ協定締結にこぎつけた。

トルドー首相は、パリ協定を受けてCO2 排出削減を、カナダのエネルギー部門の利害にも配慮しながらやろうとしてきたのだが、もしトランプ大統領が公約通りに、パリ協定から離脱してオバマ大統領の排出削減約束を反故にするなら、カナダのエネルギー業界は、トルドー首相の 排出削減策を受け入れないだけでなく、炭素を大量に排出する(カーボン・インテンシブ)産業は、トランプ大統領になって、環境規制が緩くなる米国に移転するかもしれない。米国の環境対策の多くは州レベルのものなので、カリフォルニア州などは炭素税などを継続するかもしれないが、ワシントンはその逆方向に動いている。世界最大の経済大国で世界最大のCO2排出国が、もはや気候変動を信用しないのなら、カナダのような国がとる炭素排出削減措置は意味がなくなってしまう。もしトランプ政権が、米国の炭素の価格を決める(オバマ政権の)方針を逆転させるのであれば、カナダで進めようとしている炭素税の実施はより困難になる。

トランプ大統領はカナダにとって悪い話ばかりではない。オバマ大統領が、キーストーンXLパイプライン建設の承認を6年間延ばしに延ばした挙げ句、米国の環境保護グループに媚びる民主党の政治を優先して、トルドー政権になっても承認を拒否してカナダをがっかりさせてきた。トランプ候補はキーストーンを、選挙公約の1つとして、大統領就任の初日に承認すると約束したのである。

トルドー政権とカナダの石油産業にとっては、キーストーンXLの建設は経済的、政治的行き詰まりを解除することになる。1日100万バレル以上のカナダの石油が、最も費用対効果の高い、政治的に最も問題の少ないやり方で、新たに市場に出ていくということを意味する。それは、トルドー首相にとっては、大きな、思いがけないギフトになる。

カナダの石油会社が計画している他のパイプラインが、カナダの他の州や先住民の土地を通っているので、政府が承認しても厄介な交渉などがあるが、キーストーンXLは、ほとんど全部が米国内を通るので、環境問題、政治問題があっても、それはみんな国境の南側、米国内の問題でカナダはほとんど影響を受けない。カナダの石油産業にとって画期的な「ゲームチェンジャー」となる。カナダの政治の風景をかえる。キーストーンのパイプライン建設がほとんど確実になってから、12月に入って、トルドー首相は、慎重だったカナダ国内のパイプラインのいくつかの建設を認める決定を出した。

リベラルで、思ったことを発言するトルドー首相が、賢明なことに、米大統領選挙期間中、トランプ候補について何も悪口を言わなかった。同じ自由党の政治家、オンタリオ州のキャスリーン・ウィン首相などが、トランプの女性蔑視やマイノリティ差別の発言に口を極めて非難、トランプを大統領にさせてはならない、と言っていたのと好対照だ。トランプ大統領とうまくやっていけると思う、というトルドー首相なら、トランプ大統領のアメリカと案外うまく「特別な関係」を新しく築くことができるかもしれないという期待がカナダのメディアにも見られる。かつて、米国との関係を、トルドー首相の父親でカナダの最も優れた首相の一人、ピエール・エリオット・トルドーは「米国の隣で生活することは大きな象と寝ているみたいだ」と表現した。象(米国)が寝返りを打つだけで、カナダはそれに影響される、象につぶされないようにしなければならない。どんな象になっても、うまくやっていくしかない。

 

石塚嘉一 トークス、シニアコンサルタント

自由党政権でカナダへの移民受け入れが急増

カナダは、多民族・多文化国家として、近年では特に、移民に対しても世界で最も優しい国の一つとみられている。昨年まで10年続いた保守党政権の下でも新しい移民が毎年カナダに多様な国から到着し続けてきた。リベラルな自由党政権に替わって2016年は移民が急増している。米国や英国など、世界で移民に対する感情が悪化しているときに、カナダはこれからも移民の受け入れを増やすとともに、一時的外国人労働者の受け入れも拡大する方針だ。それには問題がないわけではない。

最新の政府発表によると、2016年7月までの1年間で、32万932人の移民がカナダにやってきた。統計をとり始めた1971年7月以来最多で、前年(24万844人)と比べても33.3%増と、伸び率でも30年近くで最大だ。これまでの単年での最大の移民受け入れは2009-10年の27万581人だから、たいへんな数だ。

今年の移民の中には、シリアからの難民を受け入れるというトルドー首相の選挙公約で、昨年11月からクリスマスに向けてカナダに到着し始めた難民30,892人が含まれている。まだ難民としての入国手続きを待っているシリア難民が数千人もいるという。

カナダ統計局によると、1971年以前の移民統計は現在ほど厳密ではないので比較が難しいが、それでも、2015-16年の1年間の移民の受け入れ数は、1910年代の西部カナダ入植時代以来の多数だろうという。その結果、2016年のカナダの人口は3,630万人になり、自然増も含め、1.2%、43万以上増えた。これは1988-89年以来最大の人口の増加だ。

それでも、自由党政府は、さらに多くの移民を来年は受け入れたいといっている。ジョン・マッカラム移民大臣は、カナダの人口の高齢化に対応するために、今後数年は、移民の受け入れをもっと増やしたいと述べている。2016年の移民受け入れ目標は30万人だったが、マッカラム大臣は、来年の移民受け入れ枠を大幅に増やしたいと述べ、カナダ国民はもっと多くの移民受け入れを支持していると語った。その上、一時外国人労働者の受け入れも拡大するのだと言う。

(確かに、カナダの高齢化は急速に進んでいる。日本ほどでないにしても。7月現在65歳以上だったカナダ国民は600万人と史上最大数に上った。これに対して子どもの数は580万人。1986年には子どもの数は65歳以上の高齢者の2倍だったのに。だから、移民は経済成長を維持するためには重要な政策なのだ。)

しかし、政府の内部調査でも、移民受け入れの数については現状維持(調査当時、年間ベースで25万人)でよいというカナダ国民が多数を占めたといわれる。グローブ・アンド・メール紙の依頼でナノス・リサーチが8月に行った世論調査でも39%が、2017年の移民は今年より少ないのがよいと回答し、37%は今年と同じがよいとしている。増やすのを支持したのは16%にとどまった。しかし、シリア難民の受け入れについては別で、3人に2人が支持している。(「グローブ・アンド・メール」9月28日)

だから、2017年の政府の移民受け入れ枠が11月に発表されるのを前に、マスコミでも、「カナダはもっと多くの移民を必要としているか」という社説(「グローブ・アンド・メール」、9月20日)を掲げたりして移民の議論が盛りあがっている。

マッカラム大臣が繰り返し、政府は移民の受け入れを増やすと言うのが伝わると、移民に慎重な(中には、反移民の思想の強い)保守党支持者だけでなく、リベラルな自由党の支持者の間でも、反対や懸念の声が出始めている。これ以上移民受け入れを毎年増やせば、経済が必ずしもよくないときに新しい移民に仕事を奪われるのではないかと心配する労働者や、彼らの支持を受けている主に自由党の政治家たち、カナダの伝統、価値観が崩れるという保守的なカナダ国民や政治家など、理由はさまざまだ。

中でも、昨年の総選挙で自由党に敗北して辞任したスティーブン・ハーパー保守党党首の後任を選ぶ、カナダ保守党の党首選挙(2017年5月27日予定)に立候補している保守党政治家の一人が支持者の間で行った「アンケート調査」が議論を呼んで先月大騒ぎになった。

候補の一人、ケリー・リーチ(Kellie Leitch)議員が、政府は移民申請をしている外国人に「反カナダ的価値観」を持っていないかどうかを見る審査をして移民を許可するかどうかを決めるべきと思うか、と彼女の支持者に送ったメールのアンケートの中で質問したのだ。

これが広く知られると、リーチ議員は「反カナダ的価値観」で移民希望者を選別しようとしているとして、それが反移民的、人種差別的、それこそ「反カナダ的」として、たちまち保守党内の他の候補者たちから強い批判が沸き起こった。

暫定保守党党首のロナ・アンブローズ(Rona Ambrose)や党首の座を争っているマイケル・チョン(Michael Chong)議員らリーチ議員の同僚の保守党議員の多くが一斉に彼女の提案を、まるで米国大統領選挙の共和党ドナルド・トランプ候補の提案する移民の審査みたいに、宗教や思想の自由を制限しようとするとんでもない提案だと批判した。別の候補者、マキシム・バーニアー(Maxime Bernier)議員は、カナダの価値観を広めるのには、新しい移民たちに経済の機会を与え、社会に溶け込むのを助けることが、ベストの方法だ、と述べている。

ハーパー前保守党党首の側近だったレイチェル・カラン(Rachel Curran)からは、リーチ議員の提案は、「まるでジョージ・オーウェルの小説に出てくるような全体主義的」で、「きわめて危険な政治」だと、誰よりも厳しい非難の言葉が飛び出した。騒ぎは完全に終わったわけではなく、党首選挙が終わるまで、蒸し返されるかもしれない。

保守党の議員がこれほど躍起になってリーチ議員の発言を非難するのには、そうでなくても、移民に厳しい政策をとっていると見られている保守党が、ハーパー政権のもとで、移民出身の選挙民の支持拡大に努力し、ある程度成功してきたものを、リーチ議員の反移民発言がぶち壊しにするものだと、懸念する声が保守党幹部の中で大きいからだ。彼らは、2019年の総選挙で勝つためには、新しい移民たちの支持が重要で、彼らの支持がなくては政権は取れないとさえ言う。

カナダのマスコミも、リーチ議員のいう「反カナダ的価値観」で移民を審査するというのは、保守党が大敗北を喫したちょうど1年前の総選挙直前に打ち出した怪しい行動、人物を監視して通報しようという提案(”barbaric cultural practices tipline”というものを作ろうという提案)の繰り返しだとして批判、人種や民族、ジェンダーなど特定の利益を代表して行う、差別的「アイデンティティ・ポリティックス」そのものだと非難している。この通報制度の提案も、リーチ議員の発案であったといわれている。選挙直前にハーパー政権が、ムスリムの女性が頭に被るニカブを、公共の場で禁止にしようと提案して、保守党は支持者からも反発をうけ、それまで低迷していたトルドー氏の自由党を選挙で勝たせたといわれている。

11月に2017年の移民受け入れが決まる。そして、移民だけでなく、自由党政権が推進する一時的外国人労働者の雇用・受け入れ拡大に向けて、保守政権のカナダ人優先のルールの改正の方針が打ち出され、一時滞在の4年後には移民としてカナダにとどまる可能性も議論されている。この秋は、「移民の政治の季節」と言われている所以だ。

 

石塚嘉一、トークス シニア・コンサルタント

カナダのファッション界に「ソフィー効果」

若くてハンサムでかっこいい。カナダのジャスティン・トルドー首相は就任して10か月になるのに、人気は落ちるどころかますます高まっている。それに負けず劣らず人気なのが、元モデルでテレビの人気キャスターをしていた美人のソフィー・グレゴワール。トルドー首相夫人で、41歳になる3人の子どもの母親だ。

首相夫人になるやたちまち言われ出したのが「ソフィー効果」。彼女が行くところどころで注目されるのは、彼女が身に着けるカナダのデザイナーによるファッション。彼女は、首相夫人として注目される場でカナダのデザイナーのデザインしたものを身に着けてカナダのスタイルを世界にPRしたいと宣言している。そしてその効果は絶大なのだ。ファッション界やマスコミからは大歓迎の意味を込めて「ソフィー効果」と呼ばれている。

昨年11月、自由党の新しい政権の就任式に向かうトルドー首相と、手をつなぎ、真っ白の長いコートで、右手をあげて沿道の市民の祝福に応えているトルドー夫人の写真は、カナダの新聞だけでなく、世界の新聞・テレビでも報じられて多くの人の目に留まるところとなった。

その時着ていたのが、高級コートメーカー、セントーラー(Sentaler)のアルパカの仔の毛を使ったエレガントなコート。オンタリオの高級デパートチェーンのHolt Renfrewだけで売られている、カナダでもまだそれほど知られていないブランドだから、外国ではほとんど誰も知らない。そのコートが、カナダの新進デザイナーのものだとわかったとたん、カナダの誰もがセントーラーの話でもちきりとなり、誰もがあのコートがほしいとなったのだ。おかげで2015年のあの白いコートの売り上げは短期間で何と5倍に伸びた。2009年にトロントに設立したばかりで、Bojana Sentalerさんは31歳、ベオグラード出身の女性デザイナーだ。その後も、ソフィー・グルゴワール夫人は彼女のデザインしたキャメルの毛のコートをバッキンガム宮殿での英国女王との会見や、パリでの国連気候変動会議など、ひときわ注目される場に着て行って、現地のメディアにも取り上げられて大きな「宣伝効果」をあげたという。(「グローブ・アンド・メール」、7月14日)

メイド・イン・カナダのファッションのセールスウーマンとして活躍するそんなソフィー・グレゴワール夫人には、お国のファッション界に対する貢献に国民からも広い、熱烈な支持が寄せられている。「トロント・スター」紙は、ソフィー・グレゴワールはいまやカナダの「ファッション・アイコン」となったと言い、「ナショナル・ポスト」もカナダのファッション業界が感謝をこめて彼女を「スタイル・アイコン」と呼ぶのを紹介している。

だから、彼女の着ているものの多くがデザイナーからのギフトだったり、貸し出されたりしたものだとわかった時も、市民グループの一つが問題視したけれども、批判はすぐに立ち消えになった。実際、彼女は政府のルールに則ってカナダのファッション業界のためにやっていることなのだから、と国民の大多数は彼女の支持に回った。

「ソフィー効果」については枚挙にいとまがない。最大の見せ場は3月の、バラク・オバマ米大統領招待の国賓待遇の訪米だった。その時の首相についてはこのブログでもとりあげたが、実際にカナダや米国のマスコミが大きくとり上げたのは、華やかな歓迎式典やホワイトハウスでの公式晩さん会に、頭から足の先まですべてカナダのデザイナーによるカナダのファッションを身に着けたソフィー・グレゴワール夫人の記事や写真が多く、両国だけでなく、日本も含めて世界に発信された。

中でも、ワシントン、アンドルーズ空軍基地の空港に到着した時に着ていたグレーのツーピースのスーツは、モントリオールのベトナム系カナダ人デザイナーDUY(Duy Nguen)のデザインによるもの。歓迎式典と晩餐会で着ていたのは、ルーマニアの移民でトロントで活躍するデザイナーLucian Matisがデザインしたドレスとガウン。そして、カナダ側が主催したパーティでのファッションは、トロントのデザイナーEllie Maeの花柄のジャケット、などなど。その上、靴やバッグ、イヤリングやリングなどアクセサリーもみんなカナダのデザイナーのもの。カナダ以外では、どれだけ知られているかわからないものがほとんどだが、夫人の目指すところもカナダの最大の市場、米国にまずブランドの認知度を上げることが一番の目的なのだ。

5月末にトルドー首相夫妻がG7伊勢志摩サミットに合わせて東京と伊勢を訪問した時も、外国の首脳の訪問にあまり興味を示さない日本のマスコミが、連日二人の行く先々、特に夫人のファッションを追いかけて大騒ぎをしたのはまだ記憶に新しい。

ここでも「ソフィー効果」は絶大で、彼女が羽田空港で特別機から降りて首相と並んでレッドカーペットを歩く様子がメディアで報じられるとその後24時間以内に、彼女が持っていたモントリオールの高級バッグ・ブランドWANT Les Essentiels (最近日本でもウォント・レスエセンシャルズとして人気上昇中)のバッグの問い合わせが集中した。同様に、賢島での安倍首相夫妻とのカクテルパーティで彼女が履いていたZvelleブランドのハイヒールAva(エバ)は、その映像が報じられて数時間のうちに予約がこのトロントの高級靴店に殺到し始めたという。(「ナショナル・ポスト」5月30日) (そう思って見れば、皇后との面会の写真でもこのハイヒールはよく目につく。)

ソーシャルメディアがこれだけ発達したこのごろでは、マスコミが大きく取り上げてくれなくても、そういう映像は、関係者やそれを見た人たちのツイッターやフェースブック、スマホを通じてたちまち文字通り世界中に広がるし、デザイナーのウェブサイトにアクセスすれば、彼らのデザインしたものを身に着けたソフィー・グレゴワール夫人の写真がサイトのトップに出てくるというものだ。

彼らカナダの新進デザイナーたちは、英米の大手の有名デザイナー、メーカーと比べれば、みんな中小企業で、マーケティングの予算もわずかしか取れない。彼らのデザインしたドレスやファッショングッズを、ソフィー・グレゴワール夫人が身に着けて世界にそれらのブランドの認知度を高めてくれるのは、彼らにとってはどんなにすごい支援になることか、とトロントのライヤーソン大学ファッション学部ベン・バリー准教授は首相夫人の役割を高く評価する。

同時に、興味深いのは、ソフィー・グレゴワール夫人が身につけて宣伝に一役買っているものには、ファッションとして優れているという要素のほかに、政治的な要素もあるのだと、バリー教授は「ナショナル・ポスト」の記事で指摘している。「彼女が選ぶブランドは、カナダの新進のデザイナーであること、多文化を代表するデザイナーであり、多くがカナダで生まれたのでなく移民としてやってきたカナダ人デザイナーのものだということ。この事実は非常に強いメッセージを世界に送ることになる。これらのファッションは、誰がカナダ人か、それがカナダ人にとって何を意味するか、カナダが代表する価値とは何かについての考え方を発信するのだ」と。(セントーラーのアルパカのコートはアレルギーを起こさない材質で、アルパカの仔の毛を刈るときに、動物虐待にならないようにペルー政府の厳しい基準で集められ「アニマル・フレンドリー」で「エコフレンドリー」なもので作られているという、今どきの価値観に配慮されている。)

ソフィー・グレゴワール夫人のファッションを演出しているのが、彼女の友人でスタイリストのジェシカ・マルルーニー。トルドー内閣の就任式で国民の多くの心をつかんだあのセントーラーの白いアルパカのコートに始まって、数多くのファッションを次々にデザイナーたちから集め、企画してカナダのファッションデザイナーを海外にも売り込むのに貢献してきた。「私はソフィーのスタイリストではないし、ファッションについて彼女に何を着なさいという立場にない。ファッションのことはよく知っているソフィーと、カナダのファッションを世界に広めたいという思いで意気投合して、協力してやっているだけ。まあファッションの戦略家というところかな」と「グローブ・アンド・メール」(5月1日)のインタビューで語っている。

 

石塚嘉一、トークス シニアコンサルタント

トランプ大統領でアメリカ人のカナダ移住が増える?

米共和党の全国大会が2週間後に迫って、ドナルド・トランプが共和党の大統領候補に指名されることが確実となっている。

不動産王トランプは、キャンペーン中からメキシコの移民を閉め出すために国境に壁を作りメキシコに壁の費用を出させるとか、米国にいる約1,100万人の不法移民全員を強制送還するとか、テロ防止のためにイスラム教徒の入国を全面禁止するなどと発言して、ポピュリズムやナショナリズムをあおって経済格差に不満を募らせる白人を中心とした庶民の支持を獲得する一方で、移民排斥、人種差別主義としてまともなアメリカ国民や世界のマスコミ、政治家から非難されている。

そのほかにも、女性蔑視の発言を繰り返し、NAFTA(北米自由貿易協定)やTPP(環太平洋経済連携協定)の破棄など保護主義を唱え、日本や韓国、世界の同盟国から米軍を引き揚げると述べて孤立主義を主張するなど、発言の下品さも手伝って、トランプ人気に劣らず、トランプ嫌いも盛り上がっていて、もしもトランプが大統領になればカナダに移住すると言うアメリカ人が、トランプの大統領候補指名が確実になるにつれ増えている、とマスコミは伝えている。

トランプ嫌い(anti-Trumpism)は、米国だけにとどまらない。国境を接している北の隣国カナダにも広がっている。カナダのお国柄ではトランプのような考え方はとても受け入れがたいのだ。さすがにトルドー首相は慎重で、名指しで批判することは避けているが、先月はオンタリオ州のキャスリーン・ウィン州首相(トルドー首相と同じ自由党)が、わざわざワシントンを訪問中に、それも大統領選挙戦のさなかに、「保護主義者で世界との協力に無関心な共和党候補はオンタリオ州にとってもカナダにとっても困る。女性蔑視で人々を敵対させ分裂させる米国大統領は世界にとって危険だ」と異例の痛烈な批判をした。

トランプの方はといえば、カナダについてはそういうあくどい発言はしていないのだが。実際、2月の討論会で、カナダとの国境には壁は作らないと言っている。「カナダとの国境は広すぎて、建設コストがかかりすぎるし、そもそも壁は必要ない」のだというのがその理由。

それでも3月のスーパー・チューズデーの予備選で、トランプが11州中7州で勝利を収め、大統領候補指名に大きく前進したときには、「カナダへの移住の仕方」をサーチするグーグルのサイトはアクセスが急上昇したと伝えられた。(「BBCニュース」5月17日)

移住を扱うバンクーバーの弁護士は、カナダ移住の情報を求める電話やメールが増え始めたとカナダの新聞に語っている。スーパー・チューズデーの火曜日から翌日水曜日(3月1-2日)にはその数がぐんと増えたと言う。その数は、5月3日のインディアナ州予備選で勝利し共和党の大統領候補指名獲得に必要な代議員1,237人の確保がほぼ確実となってからは、また増えている。

特にアメリカ人の芸能人やセレブたちが、あのトランプが大統領候補になるのならカナダに移住してしまうと、トランプに対する抗議も含めて、カナダ移住を声高に喧伝している。

その現象に応える動きがカナダにも見られてマスコミで報じられている。トランプの予備選での勢いが止まらない様子が見え始めた2月の時点ですでに、ノバスコシアの島に移住しませんか、と呼びかけるウェブサイトが作られた。

トランプが大統領になったら、アメリカ人は「政治難民」として受け入れますよと呼び掛けているのは、ノバスコシア半島先端の沖合に浮かぶケープ・ブレトン島で、地元ラジオ局のディスクジョッキー、ロブ・キャラブリース氏が作った「トランプが勝ったらケープ・ブレトンへ(Cape Breton If Trump Wins)」というウェブサイト。島の観光局ウェブサイトとタイアップしたサイトも制作した。

「移住先を探すのに、ドナルド・トランプが大統領に選ばれるまで待っていてはだめです。今すぐ始めましょう。そうすれば大統領選の当日はバスに飛び乗るだけでいい。女性は(トランプが認めない)妊娠中絶が認められ、イスラム教徒ものびのびと歩き回れるケープ・ブレトンで新しい生活を始められます。ここにある『壁』はとても手頃な住宅の屋根を支える壁だけです」といった文句が躍る。(「AFP通信」、2月25日)このサイトには、もう100万を超えるアクセスがあったという。

この人気に乗じて、「トランプ大統領誕生という恐怖」からアメリカ人を救います、というデートクラブのウェブサイトまで出始めた。(これを始めたのはアメリカ人だが。)「アメリカ人をカナダの独身パートナーと愛で結びます」というこのサイト、「メープルマッチ(MapleMatch.com)」は、トランプ候補のスローガン「アメリカを再び偉大な国に」をもじって、「デートを再び偉大に」と呼びかけている。

カナダ企業にも、トランプ嫌いを宣伝に取り上げるところが出ている。エア・カナダは6月になって、米国の5大都市で、トランプが万一大統領になったときカナダに移住するのに、その前に試しにカナダに来ませんか、とキャンペーンを始めた。

「カナダであなたの人生をやり直すために、家を売り払って、片道切符を買って移住する前に、まずは試しにカナダに行ってみませんか」とフライト・アテンダントがコマーシャルの中で呼びかける。「エア・カナダは1日240便がカナダと米国各地を結んでいます」というこの広告は大手広告代理店、J.ウォルター・トンプソンのトロント支社が制作したものだが、トランプ支持者の反発を避けるため、トランプという言葉は一切使っていない。

大手企業は、米国内の政治問題である反トランプムードを宣伝に使うのは躊躇するものだが、カナダ・オンタリオ州キッチナーのスタートアップ企業ソータブル(Sortable)は、フェイスブックやインスタグラムを使って、米国で働くカナダ人に「トランプが大統領になったら、カナダに戻ってきませんか」という広告を出している。その広告の中で、顔をしかめたトランプが「カナダに引っ越すんだって?ソータブルが雇ってくれるよ」と言っている。(「カナディアン・プレス=ヤフーニュース」6月15日)

しかし、トランプのおかげでアメリカ人のカナダ移住が本当に増えるのか、大方の見方はクールだ。

大統領選挙年に、新しい大統領に不満なアメリカ人がカナダに移住するという話は、今始まったことではない。4年ごとの大統領選挙のたびに、大統領候補に不満なアメリカ人がカナダ移住を言い出すのだが、先のBBCの記事によると、アメリカ人がカナダに永住のために移る数は、2005年以降、年間9,000人程度と比較的安定している。2008年、バラク・オバマが大統領選で勝利した年が、カナダ移住の近年のピークであったが、その理由は定かではないという。

カナダに移住するという「脅し」は、トランプに限らない。3月に行われたカナダのグローバル・ニューズとイプソス(調査会社)の調査では、19%のアメリカ人がトランプが大統領になったらカナダに移住すると答えたのに対して、ヒラリー・クリントンが大統領に選ばれたらカナダに移住すると答えたものも15%いた。これまでの結果を見れば、その通りになったためしはないという。

「グローブ・アンド・メール」(3月2日)によると、実際には、カナダ移住は誰にでもできるほど簡単ではないという。昨年までのハーパー保守党政権の下で、移民法が強化され、カナダに移住するには、大学の学位を持つ高学歴で、技術技能もあり、カナダでの雇用先が決まっていなければならない、とルドルフ・キシャー弁護士は指摘する。移住するのにかかる時間もコストもあり、ただのアメリカ人には移住はさらに難しくなっている。隣り同士でも、国が違えば、移住するというのは簡単ではないのだ。

 

石塚嘉一、トークス シニアコンサルタント

トルドー首相初めての訪日、「日本の休日」

ジャスティン・トルドー首相が就任以来初の本格的外国訪問として、先週5月26-27日伊勢志摩で行われたG7主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)に出席のため、日本を訪問した。安倍首相との二国間首脳会談だけでなく、G7の錚々たる首脳の面々の前でのデビューになった。

7カ国の首脳の中では、一番「新米」のトルドー首相だが、サミット会場以外にも、東京や伊勢志摩の行く先々でトルドーらしさを随所に発揮した。トルドー首相夫妻の訪日を日本のメディアは好意的に写真入りで伝えていた。

他の主要国首脳に先駆けてソフィー・グレゴワール夫人とともに23日月曜日東京に着いたトルドー首相は、早速その日のうちに、日本の自動車メーカー3社、トヨタ、ホンダ、富士重工業の社長や自動車部品メーカーの首脳と会談、カナダへの投資と現在ある工場の維持拡大を呼びかけた。

中でも最大のターゲットは、北米で人気のスバルを作る富士重にあったようだ。青山にあるカナダ大使館の大使公邸に吉永泰之富士重社長を招いてカナダへの投資を要請した。吉永社長は、当面は生産能力を拡大する計画はないが、将来あるかもしれない、と実に日本的に丁重に答えた、とカナダの通信社「カナディアン・プレス」は伝えている。(「CBCニュース」5月24日)

翌日のカナダの新聞には、ホンダの本社でトルドー首相が、出迎えてくれた「アシモ」ロボットと握手する写真が大きく掲載されていた。トルドー首相はツイッターで「ホンダの外交プロトコルはユニークだ」と言って、ロボットとの出会いが気に入った様子だった。

オンタリオ州はトヨタとホンダのほかに、クライスラー、GM、フォードが生産工場を置いていて、関連の自動車部品メーカーも多数工場をもって、北米で最大級の自動車生産クラスターを形成している。ホンダは1986年にアリストンに日本の自動車メーカーで初めてカナダに製造工場を開設、その後2番目の工場、エンジン工場を増設して、北米でのベストセラー小型車「ホンダ・シビック」の海外での生産拠点となっている。昨年11月には次世代「シビック」の生産に備えて8億5700万ドルを投資することにした。

トヨタも昨年、オンタリオ州のケンブリッジとウッドストックにある両工場に4億2100万ドルを投資して次世代レクサス車の生産に備えると発表した。

しかし、これはむしろ例外的で、近年自動車の生産拠点がカナダから、ますます南に、メキシコや米国南部のよりよいビジネス環境の地域に移り、カナダは新しい自動車生産工場の投資誘致合戦に負けているという背景がある。

一方、特に北米で人気のスバルは、昨年の米国の販売台数が582,675台と、2010年から倍増、カナダでの販売台数も過去最高の46,609台と2010年から68%も伸びている。インディアナ州ラファイエットにある同社の北米唯一の工場では、年間30万台以上に増産するようにすでに生産施設拡張の投資を行ったばかりである。それでも、スバルはさらにカナダに増設の可能性が考えられる候補の自動車メーカーだとカナダのアナリストや政府関係者はみている。

今回、富士重からは、工場建設投資に何らコミットは得られなかったけれども、カナダの売り込みをできただけでまず第一歩を踏み出したみるべきだろう。トルドー首相自身、「実りが多い」会談だった、とツイートで言っている。今回の日本訪問、特に自動車業界との面談は、「関係構築のためのプロセス」の中でカナダを日本の企業にアピールするのが狙いで、具体的な成果を一夜であげることは考えていないと出発前からカナダのメディアに語っていた。

今回の訪日では、安倍首相との首脳会談やG7首脳会議もさることながら、トルドー首相にとっては日本の自動車業界幹部と会ってカナダへの投資を呼びかけるほうが、国内向けにははるかに、カナダのために仕事をしているとアピールできるのかもしれない。

翌24日の早朝、「日本への敬意を表するために」明治神宮を夫人と二人で参拝したトルドー首相は、神官に迎えられ、本殿の前で深々と頭を下げて手を合わせたあと神殿の中に案内されて、お神酒をいただき、絵馬に願い事を書いて奉納した。トルドー首相は、「カナダと日本のすばらしい友好関係が両国の、そして世界の人々に恩恵をもたらすように」と書いた。夫人は、フランス語で、「勇気、愛、光と平和」と書いて奉納した。トルドー首相を見つけたカナダからの参拝客たち数人とハグを交わして、彼らに、「素晴らしい訪問になりそうだ。深い友好関係があって、まだまだ大きくなる」と言ったと、「ナショナルポスト」(5月24日)は報じている。

皇居を訪れて天皇皇后と親しく会話を楽しんだあと、首相官邸で儀仗兵による歓迎式典に出席、安倍首相との首脳会談、公邸での公式晩さん会と、スケジュールをこなした。安倍首相とは、就任以来、半年の間に今回がもうすでに3回目の二人での会談になるが、相手国を訪問しての公式の首脳会談はもちろん初めて。(昨年11月のAPEC、今年3月の米国核セキュリティ・サミットに続く3回目)

首脳会談では、トルドー首相が選挙中から約束してきた、インフラ整備の公共投資を推進して赤字容認の財政政策でカナダ経済の成長を図るという立ち位置は、来年の消費増税を延期しさらなる積極的な財政支出で日本経済のデフレ脱却を達成しようとする安倍首相と、大いに意気投合したと思われる。一方で、安倍首相が、南シナ海、東シナ海での中国の一方的な行動がいかに地域の安定にとって脅威であるかを強調したのに対して、中国との関係が悪くなることを心配するトルドー首相は、同意しなかったと、カナダの新聞は伝えている。コラムニストのマシュー・フィッシャーは、それでも日本の対中貿易は、カナダの対中貿易よりはるかに大きいではないか、と皮肉っている。(「ナショナルポスト」5月24日)カナダが、中国のカネがほしいドイツ、フランス、イタリアと同じく、南シナ海での中国の横暴に強く出られないでいるのを、米国と日本は懸念している、とフィッシャーは、同紙5月27日付紙面でも指摘している。それでも、ウォータルー大学の専門家の見方を引用して、トルドー首相は日米の強硬路線に「なんとか協力しようとしているようだ」とフィッシャーは言う。帰国後カナダの姿勢がどう変わるのか変わらないのか。

ここまでは、初めて日本を訪れた他の外国の首脳とそう変わらないが、そのあとの行動には、やはり、父親ピーエル・エリオット・トルドー首相の伝統に恥じない、ジャスティン・トルドーらしいものがみられた。

特に、翌日(25日)は、トルドーらしい「日本の休日」だった。一切の会合も仕事も入れないで、日本の伝統的な旅館に滞在し、夫妻の11回目の結婚記念日(28日)をお祝いしたのだ。昼間は、ほとんど警護もつけず、プライベートで、Tシャツを着て東京の街を散歩する首相夫妻の姿が日本のテレビで報じられた。

「私たちは今日は極めてハードに仕事をしました。そして木曜日、金曜日はG7首脳会議でまたハードに仕事をします。ですから、その谷間に、少し時間をとって、私と妻の結婚を祝います―(もちろん)個人のおカネで」と、トルドー首相は、記者会見で答えている。「これは、個人のベストの能力を発揮して国に仕えることができるようにするためには絶対不可欠なもの、と私がしばしば言ってきた、ワーク・ライフ・バランスというものです。そして、私はこれを必ず続けます」と述べている。(「CBCニュース」5月25日)

カナダ本国では、たちまち「日本まで行ってトルドー首相は仕事もしないで何をしてるんだ」という批判がメディアの一部や保守党議員から挙がったが、これは選挙中から首相が主張してきたワーク・ライフ・バランスの考えについて国民的議論をおこすための、計算づくの戦略なのだとCBCはいう。だから、首相の「挑発的な休暇作戦」に大きな反発や批判が出た方が首相の目的にかなうし、トルドー政権が連邦政府の公務員たちに導入しようとしているフレックスタイム制の推進につながるのだという。

伊勢神宮に到着するG7首脳の車列に、沿道から熱い歓迎の声が上がったが、トルドー首相の乗る車に対する沿道の声援が一番大きかったと日本のテレビは伝えていた。トルドーらしい日本デビューであった。日本の休日を満喫したかどうか、彼らしい印象を残して離日した。

 

石塚嘉一、トークス シニアコンサルタント

最新型車両の納入が大幅に遅れるトロントの路面電車

カナダ最大の都市トロントの路面電車は、利用者や車両の数、軌道の距離で、南北アメリカで最大のシステムである。19世紀半ばに馬車による運行を開始してからの歴史を誇る、北米でも数少ない現存する路面電車のひとつだ。

そのトロントの路面電車に、最新型の大型で、より安全で超低床で乗りやすいライトレール式車両で、カナダの国旗を思わせる赤のボディーの上と下に白のラインが入った、21世紀モデルが加わった。今年4月で、17台が市内を走っている。17台しか走っていない、というべきか。

本当なら今年の今頃は、少なくともこの4倍以上の数のかっこいい新型路面電車がトロントの通勤客や通学の学生、買い物客など、1日平均29万人以上の利用客を乗せて走っているはずだった。

もともとトロント交通局(トロント・トランジット・コミッションTTC)は、2019年までに市内の路面電車にこの新型車両を投入する計画で2009年モントリオールに本拠を置く世界3位の民間航空機メーカー、ボンバルディアの鉄道部門に204両を12億5千万カナダドルで発注したのだ。

そして、最初の計画では、2015年末までに、73台の新型路面電車がトロント市内を走るはずだったのが、実際にTTCに納入されたのは、やっと14台。今年1月以降に3台が納入されたがそれでも全部で17台だ。

納入のたびたびの遅れに対する市当局やTTC、市民の批判をうけて、ボンバルディアは4月末に納入計画の変更、納入台数の下方修正を発表したけれども、これがまた、同社が今年初めに約束した下方修正もさらに下回る納入計画で、市長やTTC会長は怒り心頭の様子。ついにトロント側はボンバルディアを契約違反で損害賠償の訴えを起こした。

4月25日に発表された計画変更では、路面電車車両の製造を「大幅に加速する」結果、同社は、TTCに2016年末までに計30台を納入するというもの。ということは、すでに、17台が納入されているのだから、今後年末までに納入されるのは13台ということになる。これは1月平均2台にもならない。納入の遅れを考えたらちょっと考えられない驚くべき生産ペースである。

直前の3月に修正された生産計画では、4月以降毎月4台を製造・納入して、今年末には全部で54台が納入されことになるとしていた。これでも当初の計画の2015年までに73台と比べれば、大幅な遅れだが、それが4月のさらなる変更で、約束通り行ったとしても、たった30台にしかならないのだから、トロント市や利用者、納税者である市民が怒るのもむりはない。

この大幅な納入遅れのため、TTCはサービスのレベルを維持するために、すでに古くなった200台以上の古い型の路面電車を改装、整備して電車の寿命を延ばし、路線によってはバスを追加投入して新型車両が入るまで何とか持ちこたえなければならない。さらに利用者にとっては、本来ならば今ごろはゆったりした最新型車両に乗って移動できるところを、小さい旧型の電車に詰め込まれて通勤したり通学したりしなければならない。

ついには、TTCはボンバルディアを契約不履行で訴え損害賠償を要求しているが、裁判で認められれば、12億5千万カナダドルの発注額の上限5%、5,100万カナダドル(約46億円)が支払われる。しかし、納入遅れによって生じた現有車両のメンテナンスなどあらゆるコストをカバーするのには十分ではない。

ボンバルディア側も全く何もしていないわけではない。最近北米地域鉄道担当社長を交代させ、TTC向け路面電車の納入ペースの加速のためケベック州ラ・ポカティエールの製造工場を第2工場として使うことを決定した。(「トロント・スター」4月25日)さらに、別の工場の組み立てラインを使って、現在オンタリオ州サンダーベイだけで製造されている生産ペースを上げるとしている。

製造・納入遅れの原因の一つであった、ボンバルディアが同社のメキシコ工場で作っている部品の欠陥問題や品質管理の問題は、ラ・ポカティエール工場で部品を製造することで、解決できると説明している。

これで、ボンバルディアは契約どおり、2019年末までに204台すべてを完全に納入することができると言うが、これまでのボンバルディアの「実績」を考えたら、トロントでは誰もあまり本気にはしていない。TTCのアンディ・バイフォードCEOはボンバルディアが本当に契約を履行できるのか、最後の電車が届くのを見るまで約束を信じられない、として「我々は怒り心頭だ」と述べて不信感を露わにしている。ジョン・トーリー市長は、「愕然としている。ビジネスのやり方としてなっていない」と怒りが収まらない。

このトロントの路面電車での納入遅れは、さらにグレータートロントとオンタリオ州ハミルトン地域をつなぐ地域間鉄道システムであるメトロリンクス(Metrolinx)の新しいライトレール計画に影響が出そうな様相を示している。

「グローブ・アンド・メール」(4月26日)によれば、2021年開通予定の2路線に使う新しい車両の7億7千万カナダドルに上る購入計画についても、メトロリンクスの首脳陣の間には、ボンバルディアから予定通り車両が納入されないで、新路線開通ができなくなるのではないかと不安が広がっている。昨年中に納入されるはずの新型車両の試作車がいまだに納入されていないというのだ。試作車両が納入されても、これから開通までにボンバルディアは契約の182両を期限までに製造して納入できるのだろうか。

カナダの主要紙がいうまでもなく、カナダ最大の都市で起こっている路面電車納入の大幅遅れは、ボンバルディアの評価を大いに下げることになっている。資金繰りの問題を抱えたボンバルディアの航空機部門が、次世代ジェット旅客機Cシリーズ機計画に対しカナダ連邦政府に10億米ドルの支援を求めている。

「トロント・スター」は社説(4月26日)で、「路面電車の問題が航空機計画と関係がないという議論は通らない。路面電車の納入が予定通りできなければ、航空機でも契約通りの納入ができるという保証はない。これは信頼の問題だからカナダ政府はよく考えなければならない」と述べている。

(最新のニュースによると、ボンバルディアは5月2日、デルタ航空がCS100の125機購入を正式契約したと発表した。2月にエア・カナダがCS300(Cシリーズの大型機)75機の購入を発表したのに次ぐもので、最大の契約数だ。昨年末まで1機の契約も取れなかったボンバルディアにとっては、これは喜ばしいニュースではある。契約通り納入できればの話だが。)

 

石塚嘉一、トークス シニア・コンサルタント

※参考:グローブ・アンド・メールの路面電車の納入遅れに関する記事(英語)。車両の写真が掲載されています。

マリファナの完全合法化に進むカナダ

カナダでは自由党政権が選挙で公約した嗜好品としてのマリファナの合法化に向けた動きが進んでいる。

合法化のための法制化には、多くの問題をクリアしなければならないので、嗜好品としてのマリファナ(recreational marijuana)が今すぐ簡単に買えるようになるのでないことは誰にでもわかるが、それでも、マリファナ解禁を歓迎する国民やマリファナ生産業者の中には、今年中にもマリファナの全面的な合法化ができるような期待が盛り上がっている。

昨年10月の選挙でジャスティン・トルドーの自由党政権ができることになった時には、マリファナ関連株が急騰した。すでに合法化されている医療用マリファナの製造会社の株がトロントベンチャー取引所で、一時7%高まで急伸した。

就任直後、トルドー首相は公約実現のための検討を指示、そのためのタスクフォースを設置して責任者としてビル・ブレア国会議員(元トロント警察署長)を法務政務次官に任命した。ブレア氏は今後、合法化にあたって、さまざまの問題への対応を考えて合法化への道筋をつける。どこで売るか、誰が栽培できるか、規制はどうするか、消費税などの課税は、などだ。そして何よりも、合法化によって規制を厳しくしてマリファナが子供の手にわたらないようにすることと、闇社会へマリファナの資金が流れないようにすることが、トルドー党首がマリファナ合法化を公約した大きな理由なのだ。

このような動きを見て、カナダのマスコミも年初には、マリファナが今にも合法化されそうな記事を書いていたが、ここにきてそのトーンはより慎重になっている。州政府との調整なども考えると、2年はかかるのではないか、悪くすると4年先の次の国政選挙までかかるのではないかという見方も出ている。

それでも合法化への期待は高まっている。最近の世論調査によると、68%の国民が「大いに」または「ある程度」マリファナの合法化に賛成していることがわかった。(「グローブ・アンド・メール」2月29日)州別ではブリティッシュ・コロンビアが75%と最も高い支持を示している。「反対」または「ある程度反対」は30%。

「グローブ・アンド・メール」とナノス・リサーチが1,000人のカナダ国民に行ったこの調査では、もう一つの大きな問題である、どこで売るのがよいかについて、44%がマリファナ専門の薬局(ディスペンサリーと呼ばれる)を支持、一般の薬局がよいとするのが43%で、キャスリーン・ウィン・オンタリオ州首相(と業界)が提案している政府規制の酒販売店は36%の支持しか集められなかった。コンビニがよいと答えたのは3.2%。もちろん、連邦政府は、ブレア担当官も保健省大臣もどこがよいと思うか、まだ明らかにしていない。

カナダでは、すでに2001年に、保守党政権下で医療用マリファナ(medical marijuana)が合法化されており、50,000人の正式に許可を受けた医療用マリファナ使用者がいて認可を受けたマリファナ製造業者26社がマリファナを栽培して製品を供給している。彼らはすべて保健省の規制を厳しく受けている。(「グローブ・アンド・メール」1月5日)マリファナの合法化を公約する自由党政権になって、これらの数字が上がるものとみられているが、嗜好としてのマリファナが非合法な現在の制度でも、保健省によると、マリファナ利用者はカナダ全国で50万人もいるという。(「グローブ・アンド・メール」2月26日)

病気や怪我をした人が苦痛を和らげる目的で医療用として医者の処方箋があれば、認可されたマリファナ専門の薬局(いわゆるマリファナ薬局、marijuana dispensary)で合法的に買うことができる。この医療用マリファナの市場規模は、8,000万から1億カナダドルと推定されているが、嗜好品マリファナが合法化されれば、20億~50億カナダドルにもなる可能性がある。だから、薬局の業界や酒販売業界が、自分たちに売らせろと躍起になってロビー活動を繰り広げている。

保守党政権が医療用マリファナを合法化した当初、医療用マリファナを処方される患者は、自宅でマリファナを栽培するか、誰かに栽培を委託してマリファナを手に入れることが認められていた。その制度のもとでマリファナ栽培・生産の許可は2002年の500程度から2012年には2万2,000にまで膨れ上がった。(「グローブ・アンド・メール」2月26日)

マリファナ使用者と栽培者の増加に危機感を抱いた保守党のハーパー政権は計画を変更、栽培者や製造会社の規制をより厳しくし、安全で品質の高いマリファナ製品を供給できるように個人のマリファナ栽培者・業者を排除、製品はメールオーダーで注文して入手しなければならなくなった。その結果、コストが、まともなマリファナユーザーには法外なものに高騰、これに不満なユーザーたちが集団提訴をして、今年2月に連邦裁判の差し止めを認める判決を獲得した。

その結果、古い制度と新しい制度の両方が残ることになり、この隙をついてライセンスを持たないマリファナ薬局がバンクーバーなどブリティッシュ・コロンビア州に次々に出現、それがトロントなどに広がっていると報じられている。保守党政権下で医療用マリファナの処方を出すのを自主規制気味だった医師たちも、マリファナの合法化を約束している自由党政権では、マリファナの処方箋が増えると見られている。確かに、からだのどこかが痛いと言えば簡単に医師からマリファナの処方箋がもらえるし、バンクーバーの不法なマリファナ・ディスペンサリーに行けば、処方箋なしでも頭が痛いと言えば(あるいは言わなくても)売ってくれるので、カナダのマリファナ人口はどんどん膨れている。

カナダはすでにマリファナ部門で世界のリーダーだといわれる所以だ。

合法化は、連邦政府、州政府の税収にも影響する。CIBC(カナダ帝国商業銀行)の調査によると、合法化された場合の嗜好品としてのマリファナからの税収は年間50億カナダドルに上ると見積もられる。これは、カナダの嗜好品マリファナの消費傾向から計算した合法化後の消費傾向を、ひと足先に2012年にマリファナを合法化した米国コロラド州のケーススタディによって出している。税率は、酒類やたばこなどにかけるいわゆる「シン・タックス」(sin tax悪行税)のレートを当てはめている。あまり税率を高くすると、合法なのにマリファナ商品の価格が高くなりすぎて、マリファナのユーザーたちはより安いマリファナを求めてブラックマーケットに行くため、犯罪組織に資金が流れることになる。

コロラド州では、合法化によって州の税収が大幅に増えたといわれるが、トルドー首相は、合法化されたマリファナの売上や税収は、精神衛生問題や薬物依存問題のために使うので、金もうけが主眼ではないことを強調している。

コロラド州や、ワシントン州、オレゴン州などの例に見られるように、合法化されれば、マリファナの売上だけでなく、マリファナが合法化されていない国などからマリファナを買って楽しむための「ポット(マリファナ)・ツーリズム」でカナダに来る観光客が増えることも期待される。

嗜好品としてのマリファナの、酒類、タバコの場合のような未成年への販売の年齢制限や、健康への影響や薬物依存、飲酒運転のようなマリファナを吸ってハイになった状態での自動車の運転、マリファナを吸えるコーヒーショップのような場所、など数多くの問題がこれから解決されなければならない。

果たして、これらの問題をうまく解決するマリファナ合法化の日は近いのか。合法化はカナダの社会やライフスタイルにどんな影響を与えるのか、マリファナ先進国としてのカナダのケーススタディも興味深い。

 

石塚嘉一、トークス シニアコンサルタント

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